円城塔『ゴジラ S.P』集英社

装丁:秋山俊(クスグル)

 意外にも、著者の他の文芸書より、なお部数が少ないらしいアニメ『ゴジラ S.P』の小説版である。アニメの脚本も著者だったが、映像と小説はその特性上からも異なるものになる、という。評者は幸いにも(?)アニメ未見であるので、コンデンストノベルっぽく見えるのか、読んでみた。

 房総半島の南東に位置する逃尾(にがしお)市は、かつて村だったころより異変を呼び寄せる源だった。いまも紅塵が海に広がる中、空を舞う獣ラドンが姿を現す。ラドンは何回も大量発生、大量死滅を繰り返しながら急速に進化する。紅塵が彼らのエネルギー源らしいが、それを生み出す特異点があるようだ。しかも、特異点は一つではなかった。

 アニメーションのワンクール13話を、700枚余の小説に書くとしたらコンデンストノベル(濃縮小説)にならざるを得ない。しかし、アニメーションと違って、本書は小説であることを最大限に生かしている。ビジュアルなイメージ喚起に重点を置かず、ゴジラたちを生み出すアーキタイプ(シミュレーション上は安定して存在するが、現実世界での合成方法は不明の物質)の説明に多くを裂いているからだ。しかも、登場人物のセリフではなく、言葉や概念の意味を重視するのはいかにも著者らしい。また本書の語り手はJJ/PP(ジェットジャガー/ペロ2)というAIである。

 アーキタイプは超時間屈折を引き起こす。その性質は図解を交えて示される。これを通せば光が過去に送られるのだが、過去に送られた光は対生成した反光子によって現在の光を対消滅させ、(現在から見て)未来の光と成り代わる。つまり、未来が見えるということになる。これを用いることで、アーキタイプを生産することもできる。設計には、CTC(時間的閉曲線)を用いた超時間計算が使われる。判りますか?

 アニメなので自由な設定が可能である。ただし、東宝に知的所有権のあるゴジラを使う以上、一定のレギュレーションはあるようだ。オリジナルのゴジラ(1954)とシン・ゴジラで描かれた「事実」は守られている。それをいかにSF的に説明しきるかが本書の主眼と思われる。とはいえ、アニメでもゴジラが出てくるのはシリーズの半ばを過ぎたあと、ゴジラでありながらゴジラが主役ではない特異な作品といえるだろう。主役はアーキタイプなのである。