西式豊『そして、よみがえる世界。』早川書房

装画:大宮いお
装幀:坂野公一(welle design)

 本年の第12回アガサ・クリスティー賞で大賞を受賞した作品。毎回言っていることだが、SFでエンタメを狙うのなら間口が広いアガサ賞だろう。清水ミステリマガジン編集長の言い分にあるように、犯人捜しを含むミステリではあるのだろうが、いわゆる特殊(設定)ミステリは奇想小説やSFの一端として読めるものが多い。そういう意味で、本書がSFを謳っても違和感はない。選考委員の講評は以下の通りだった。

特に、ラストの展開が素晴らしい。(中略)仮想現実でまた戦いが始まるのだが、それが予想とは違った形になるのが秀逸。

北上次郎

ポストヒューマニズムものとしても迫力満点の一作でした。(中略)序盤に出てくる仮想空間でのバトルゲーム・シーンから引き込まれ、一気に読みました。

鴻巣友季子

導入部の説明パートはややもたつくが、中盤のホラー展開から理詰めの謎解きに転じると目から鱗のたとえ通り、手の込んだ設定がいっぺんに腑に落ちる。

法月綸太郎

「SFなのか?」と思われるかもしれないが、解かれるべき事件と謎はきちんと書かれていて、ミステリとして成立している。

清水直樹(編集部)

 2036年、仮想空間Vバースには精緻に作られた〈はじまりの街〉がある。どこかの田舎町を思わせる日常的な光景だった。そこでは夕方になると、誰とも知らない女性の歌声が聞こえてくるのだ。他にも〈アスリートゾーン〉があり、高度な反射神経を競うバトルが行われている。その競技では、テレパスと呼ばれる脳内インプラントを埋め込んだ者ほど有利になる。テレパスの多くは身体に障害を持つものだった。

 主人公は脳神経外科の優秀な医師だが、脊髄損傷による四肢麻痺によりキャリアを失う。この時代では、テレパスによるリモート手術も可能だった。しかし新たな仕事は簡単には見つからない。そんな中、かつての恩師から意外な誘いを受ける。Vバースの創業元でもある大手企業が管理する病院で、記憶と視覚を失った少女の手術を担当しないかというのだ。

 本書はかなり複雑な謎を提示している。少女はなぜ全記憶喪失となったのか、院内の限られた患者たちはどういう関係なのか、病院を運営する7人の幹部(セブン・ドワーフス)とは何者か、豊富な資金を持つ病院の目的は額面通りなのか、そして後半現れる謎の影の正体とは?

 周到な伏線が張られていて、すべて無駄なく回収されているのは大賞に選ばれた作品だけのことはある。改稿の成果もあるのだろう。本格推理で見かける「現場」の見取り図まであって、これはミステリ賞への応募を意識したためか。「テレパス」は先入観を招く呼称だが、VR/MRやBMIなどAIや脳神経科学関連の流行タームをそつなく織り込んでいる点は、いかにも今日的な近未来サスペンスといえる。個々のアイデア自体はユニークと言えないものの、重層化された組み合わせに新規性があるのだ。