武石勝義『神獣夢望伝』(新潮社)

装画:zunko
装幀:新潮社装幀室

 6月に出た本。日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作。著者は1972年生まれ、これまでカクヨムなどネット上で作品を発表してきた。銀河系を舞台にした壮大なSF長編などもある。本書は三国志風の架空世界を舞台としたファンタジイである。

 辺鄙な村に武勇に優れた守人の青年、観るものすべてを魅了する祭踊姫の娘、異世界の夢を繰り返し見る少年がいた。しかし都の太上神官が村に巡行したとき、娘は都にある夢望宮に仕えるよう命じられる。娘が忘れられない青年は軍務に就き、少年は神官になるべく都に赴くが、折しも均衡を保っていた国家間で軋轢が高まろうとしていた。

 恩田陸「(『キングダム』的な)既視感が強いものの、いちばんきちんとドラマになっていて、読み応えがあった。登場人物もそれぞれくっきりとした存在感があり、人間臭いところも魅力的」、森見登美彦「とにかく面白く読ませるという点で、本作は他の候補作から抜きんでていた。簡潔な描写やエピソードの積み重ねがうまくて、登場人物が生き生きしている」、ヤマザキマリ「作中に登場する女性たちはみな一筋縄ではない生命力と繫殖欲を備えており、若い表現者の想像力だけではなかなか描けない強烈な女性像も印象深かった」。

 選考委員の評価はおおむね高く、最終候補作中トップのリーダビリティだったようだ。その一方、主人公=少年の行動(希求する方向性)が途中で切り替わってしまうこと、物語を支えるポジティブな存在の不在が課題とされる。

 なぜ「神獣夢望」なのかというと、世界は夢望宮の地下に眠る神獣(どのような姿なのかは分からない)の夢だからだ。眠りから覚めると消失してしまう。少年には(おぼろげながら)同様の能力があるらしく、現世の命運を担っているようでもある。となれば、世界を救済する英雄への変貌がエンタメ的には望まれるが、著者はむしろシリアスな下降方向(アンチクライマックス)へと持っていく。その是非は読み手の好みにもよる。

 評者は、夢にメタフィクション(物語中の物語)的な意味を持たせるのかと思った。こういう複数の可能性を暗示させるのも著者の才覚なのだろう。