奥付は10月20日だが、版元の事情で11月15日発売となった本。1995年に出た《ハイニッシュ・ユニバース》ものの4中編を収める作品集である。もともとは同シリーズ短編を含む『内海の漁師』(1994)の1年後に出たもので、およそ30年を経てようやく翻訳が叶ったものだ。ちなみに、ハヤカワ文庫版のル・グィンは(絶版状態だった本を含め)多くがKindle等の電子書籍で読めるようになっている。
裏切り(1994)引退した女性物理教師は、田舎でペットと暮らす日々だった。近在には、革命の統率者でありながら、汚職にまみれて名誉を汚した元長官が住んでいた。
赦しの日(1994)女性差別がはびこる王国に赴任したハイン人女性使節は、首都の儀式で寡黙な護衛と共にテロリストに拉致される。
ア・マン・オブ・ザ・ピープル(1995)保守的な村落で生まれ育ったハイン人男性の主人公は、やがてエクーメンの大使となるべく奴隷解放された植民惑星に赴く。だが、そこには根深い差別が残っていた。
ある女の解放(1995)囲い地で奴隷として生まれた女性主人公は、解放闘争を巡る混乱で揺れる社会から革命の地である植民惑星を目指す。(「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」とペアになって、2つの人生が交錯する)。
舞台は数千年前(エクーメン歴)に人類が到達した惑星ウェレルと、後に植民された惑星イェイオーウェイの2つである。ウェレルは、少数の所有者と多数の奴隷から成る社会を形成していた。ウェレルの植民星イェイオーウェイは奴隷の供給地だったが、ウェレルの軍事干渉をも退けた自由民による統治が行われるようになる。ただ、奴隷的な労働や社会的差別の問題はまだ解消されてはいない。
エクーメンは汎宇宙的な連合体である。ハインはその発祥の地だ。そこに加入するためには、奴隷制の廃止は必須条件となる。しかし、文化の違いを力で押し切っても反発を生むだけだろう。あくまでも現地民の意思を尊重すべきなのだ。
最後の作品を除くと、物語は社会の中心からやや距離を置いた人物によって語られる。引退した教師や異星人(外国人)である大使(倫理観はもちろん時間感覚も異なる)、田舎生まれで因習を振り棄てた男性主人公も異星人である。最も長い「ある女の解放」が、奴隷に生まれ自ら解放運動を率いるまでに至る現地女性の一生を描く。奴隷解放したはずの社会でも、肉体的な差異、特に性に伴う差別を払拭するのは容易ではない。遠い未来、遠い宇宙であったとしても、人間である以上変わり得ないのか。そういう普遍的な課題を投げかける物語なのだ。
- 『私と言葉たち』評者のレビュー