前作から10年と少し間が開いてしまったが、ケリー・リンク4冊目の翻訳短編集(原著の短編集としては9作目)。2024年のローカス賞短編集部門受賞作である。7つの中短編を収め、それぞれ童話(グリム童話が多い)をモチーフにするという趣向だが、舞台を現代や未来に置きかえるなど、大きく雰囲気を変えた大人向けの物語になっている。なお「粉砕と回復のゲーム」(下記)は、2016年のシオドア・スタージョン記念賞を受賞した中編だ。
白猫の離婚(2019)超富裕層の父親に無理難題を命じられた息子の1人は、山中の温室で大麻を育てる猫たちと出会う。しかも、白い猫は人語をしゃべるのだ。
地下のプリンス・ハット(2023)30年前にカフェで出会ったパートナーは、54歳になっても美少年のままだった。ところが、当時の元婚約者が奪い返しに来る。
白い道(2023)社会が崩壊してから20年、荒れ果てた道を旅をする巡業劇団は、白い道に迷い込まないように注意を払いながらブレーメンを目指す。
恐怖を知らなかった少女(2019)出不精の学者が出張先の空港で立ち往生する。ハブ空港が嵐の影響を受け、フライトが連鎖的にキャンセルされてしまったからだ。
粉砕と回復のゲーム(2015)〈ホーム〉には兄と妹、お手伝いと吸血鬼がいる。両親はどこかに旅立っていてなかなか帰ってこない。兄と妹はゲームをする。
貴婦人と狐(2014)クリスマスパーティで賑わう邸宅の庭に見知らぬ男が佇んでいる。みつけた少女は問いかけてみるが、あまり話には乗ってこない。
スキンダーのヴェール(2021)論文を書きあぐねる院生は奇妙な留守番を引き受ける。家主スキンダーが訪ねても絶対入れず、その友人はすべて受け入れろというのだ。
童話はえてして残酷なものになりがち(特に原型となる民話では)だが、本書の作品はその点を巧く使っている。白猫は首を切られるたびに(猫愛好家は卒倒する)さまざまな美女に変身して、傲慢な富豪の父親を翻弄する。とはいえ、注意深く読んでも(童話のあらすじは解説にあるものの)、何が元ネタか分かり難いものもある。「粉砕と回復のゲーム」のどこが「ヘンゼルとグレーテル」なのか、と思う。それくらい深い意味での換骨奪胎である。
登場人物や舞台は現代化/SF化されている。プリンス・ハットはゲイのカップル、立ち往生する学者はレズビアンのカップル、物語内物語(枠小説)が多用され、ブレーメン(アメリカにも同じ地名がある)を目指す一行が進むのはアフターデザスターの世界、兄と妹がいるのはどこかの宇宙船かも知れず、クリスマスパーティは時間ものを匂わせ、スキンダーの家は中継ステーションのようである。SF風味の洒落た現代ファンタジーとなれば、ケリー・リンクの独擅場だろう。
ところで、白猫(主役級)は巻頭作に登場するが、黒犬(脇役)が出てくるのは巻末の作品になる。
- 『プリティ・モンスターズ』評者のレビュー