ニール・スティーヴンスン『ターミネーション・ショック』パーソナルメディア

Termination Shock,2021(山田純訳)

 キム・スタンリー・ロビンスン『未来省』に続く、坂村健が強く推す気候変動SFの大作(2段組680ページ)である。ニール・スティーヴンスンは『スノウ・クラッシュ』の先見性により注目された作家で、抜群のリーダビリティ+饒舌さに定評がある。『七人のイヴ』は設定が大きすぎた(月が7つに分裂し人類滅亡の危機に陥る)ためか饒舌さは抑えぎみだったが、本書ではその本領を地球スケールで発揮している。近未来サスペンスとしても読者を飽かせない。

 一機のプライベートジェットが高温の影響で目的地に降りられず、近隣の地方空港に着陸しようとする。ところが、滑走路に進入した巨大野ブタ(巨大鰐に追われている!)の群れと衝突し大破、どちらも気候変動と環境汚染が原因だった。一行の目的地は、テキサスの砂漠地帯に作られた巨大な施設にあった。一方、インドと中国の紛争地に一人の英雄が出現する。

 ジェット機の操縦をしているのがネーデルラント(オランダ)の女王、『白鯨』に準えられる野ブタを追う男、カナダ生まれのシク教徒(印加が対立するのは2023年のこと)の男はパンジャブに渡ってから自身の役割を知り、テキサスの億万長者は無能な政府に頼らず自ら温暖化抑制を手がけようとする。さらに彼らを取り巻くスタッフたちや、気候変動の影響を受ける中国、インドのエージェントたちが暗躍する。

 舞台はテキサスの砂漠、海抜以下のネーデルラント、消滅危機のヴェネチア、カシミールの実効支配線(2020年の中印衝突を背景にしている)、ニューギニア島の最高峰へと広がる。メインとなる気候制御のアイデアは、リアルに検討されているものだ(本書の解説や参考文献を参照)。一方、実効支配線でのパフォーマンス合戦とか、奔放な女王の行動とかのエンタメ要素も多い。これだけの伏線をどう収束させるかが読みどころになる。大団円にならないのは気になるが、もちろん温暖化に安易な解決手段などない。読書をじっくり愉しみたい方にお勧めできる濃厚な1冊である。