8月に出た本。「SF作家になりたかった、コンテストに応募したこともある」と語る、直木賞作家 熊谷達也による初のSF長編。青春時代のノスタルジーだけでそう言っているわけではない。気になる作家は伴名練と述べ、各パートの冒頭にジェミシン『第五の季節』やレッキー『叛逆航路』の引用を付すなど、新しいSFも読むマニアックなファンなのだ。第1部(470枚)が小説現代2022年7月号に一挙掲載され、それに書下ろしの第2部を加えたものが本書となる。
物語は23世紀の初頭から始まる。人類は各地に点在する都市型シェルターに少数が残存するのみとなっている。およそ150年前に小惑星が地球と衝突し、世界的な大災厄を招いたのだ。生き残れたものは少なかったが、その一つに別のシェルターから救援を求める者がやってくる。
21世紀の後半にシンギュラリティが起こり、世界は高度なAIに社会の運用を委ねている。そこに小惑星衝突による地球壊滅の危機が迫る。AIはその能力を発揮して、小惑星の軌道変更、植民船による脱出、シェルターへの待避という大事業を試み、ある程度の成果を出すが、人類の大半を救えないまま終末を迎える。
フェルミのパラドクスやフリーズドライ式冷凍睡眠など『三体』へのオマージュをはじめ、新旧SF小説、アニメ、コミック、映画などさまざまな作品が、明示的/暗示的にコラージュされている。とはいえ、パスティーシュが目的なのではなく、著者なりの本格SFを目指した作品だろう。
シンギュラリティはもちろん、量子テレポーテーション、電脳アップロード、プラネタリーディフェンス(スペースガード)、パンスペルミア説など、おなじみのテクニカルタームが続出する。舞台も、恒星間を隔てた植民惑星と、荒廃した200年後の地球の2パートに分れる。SFに精通した作家でないと(構成要素的に)お話を維持できない規模のアイデアだ。そこは多くの賞を受賞してきたのベテラン作家(1958年生、97年デビュー)だけあって、初SFといっても物語に破綻が生じることはない。
結果として、著者のファンが「内容的には意味不明のところだらけ」と嘆く(説明をあえて省く)ジャンルSF特有の難解さが生じてしまうわけだが、そこまでしてもトラディショナルなSFを極めたかったのだ。読めばなるほどと納得できて、とても面白い。ただ、いま本格SFを書くなら『三体』に匹敵する(マニアすら予想できない)大ネタが必要ではないか。意外性の少なさが瑕瑾になると思われる。
- 『怨讐星域』評者のレビュー