日本SF作家クラブ編『地球へのSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 ハヤカワ文庫から出た日本SF作家クラブ編のオリジナル・アンソロジイは、これで4冊目となる。今回も大部だが、22作家による22短編を収めるので必然的な分厚さなのだろう。「(SF作家クラブの)60周年を機会に、もう一度我々の依って立つところを振り返り、SFの可能性を改めて検討するスタート地点として」選ばれたテーマだという(大澤会長によるまえがき)。

悠久と日常
 新城カズマ「Rose Malade, Perle Malade」漢の時代、淮南の王は新皇帝に統治の何たるかを説く書を納めようとする。そのためには宇宙の真実を知る必要があった。粕谷知世「独り歩く」コロナ禍で自宅に籠っていた主人公は、ある日近所の川を遡ってみようと考えた。そこで国木田独歩好きの国語教師を思い出す。
温暖化

 関元 聡「ワタリガラスの墓標」温暖化が進む南極は資源を巡る国家間の暗闘の中にある。主人公の研究者は、同僚の行動に不信を抱き追跡の旅に出る。琴柱 遥「フラワーガール北極へ行く」温暖化と海進で既存の国家が崩壊した未来、仕立屋の主人公に不思議な組み合わせの結婚式招待状が届く。笹原千波「夏睡」自分の出身地について、閲覧不可能な文献があるようだった。そこは睡りを伴う過酷な夏がやってくるところなのだ。津久井五月「クレオータ 時間軸上に拡張された保存則」循環する時間の上で成り立つエネルギー保存則を唱える物理学者と、その実用化を考える気候学者。
AIと
 八島游舷「テラリフォーミング」ボットに囲まれて育った少女は、プラネタリウムの中にあるメタバースで「地球再生会議」のメンバーと称する人間と出会う。柴田勝家「一万年後のお楽しみ」ゲーム「シムフューチャー」は1万年後の未来をシミュレーションする。ところがそこは氷に覆われた氷河期なのだ。
ヒトと
 櫻木みわ「誕生日(アニヴェルセル)」90歳の主人公は思い立ってアプリのボトルメールを始める。AIが選んだ相手は9歳の男の子だった。長谷川京「アネクメーネ」地磁気の変動により多くの人が方向感覚を喪失した時代、主人公に地図メーカから遺伝子特許買収の打診がある。上田早夕里「地球をめぐる祖母の回想、あるいは遺言」なぜ火星植民に応募したのか、80歳を迎える祖母が孫娘に伝えるその秘密とは。
生態系
 小川一水「持ち出し許可」川洲で見かけなくなったカエルを捜していると、なぜかオオカミが現れて話しかけてくる。しかも彼らにある取引を持ち掛けるのだ。吉上 亮「鮭はどこへ消えた?」多くの生物が絶滅した100年後の未来、鮭もその一つだ。ところが、その鮭を獲りに行こうと誘うやつがいる。春暮康一「竜は災いに棲みつく」主人公は軌道上で暴れるペイロードを宥めるのが仕事だ。地球ではマグマの中でADSが活発な活動を続けている。伊野隆之「ソイルメイカーは歩みを止めない。」乾燥化が進む地上では、森はソイルメイカーと呼ばれる巨大な生き物と共生している。
経済
 矢野アロウ「砂を渡る男」アルジェリア南東部のサハラ砂漠に、ガイドを連れた大学教授が踏み込む。砂に新たな使い道が生まれたからだった。塩崎ツトム「安息日の主」貴族に仕える美容整形外科医が、客人の令嬢を手術することになる。しかし、そこには複雑な政治と身分、儀式の問題が絡み合う。
内と外
 日高トモキチ「壺中天」汎地球数理アカデミアの年次総会で、若手物理学者が地球内部の空洞を報告する。過去の諸説や、自ら撮影した映像を表示しながら。林 譲治「我が谷は紅なりき」火星では人口が順調に増え、このままでは資源が枯渇する。そこで、今では禁星と呼ばれる海のない地球への帰還事業が開始される。空木春宵「バルトアンデルスの音楽」地下15キロから「地球の音」を取り出すという100メートルの高さの〈花〉は、人々から熱狂的に迎えられたが。菅 浩江「キング 《博物館惑星》余話」ストレスに苦しみ博物館惑星を訪れた主人公は、ロボットガイドの案内でようやく落ち着く。やがて分かるロボットの正体は。
視点
 円城 塔「独我地理学」世界の形を確かめることにより、認識のあり方を地理的に知ることができる。スファイルは平らでもあり丸くもあった。

 「地球」というテーマに規定はなく、解釈は各作家(の裁量)に委ねられている。また数作品ごとに上記のサブテーマ(悠久と日常、温暖化、AIと、ヒトと、生態系、経済、内と外、視点)が設けられているが、あまり意識する必要はないだろう(やや無理な分類だ)。壮大なネタを短い枚数にまとめるのは容易ではない。中には、シチュエーションの説明だけで終わる作品もある。もっとも、SFの場合(設定がユニークでさえあれば)スタイルとして許される。

 それぞれ特徴はあるが、八島游舷はデンソーとのSFプロトタイピングの成果物、津久井五月は堀晃の「熱の檻」(1977)を思わせ、春暮康一は宇宙的スケール感が集中随一、空木春宵は飛浩隆酉島伝法に続く異形(異音?)音楽SFである。ベテランの域にある小川一水、林譲治、マダムSFと称される菅浩江、常連の円城塔らは安定した面白さになっている。