森下一仁『エルギスキへの旅』プターク書房

装丁:中島久功
植物写真:中谷次郎

 本書は、もともと7編の連作短編として、SFマガジン1991年6月号から94年12月号にかけ、不定期に掲載された作品である。その後書籍にならないまま埋もれていたが、2024年11月~25年1月のクラウドファンディング(支援者177人)を経て4月に単行本化、現在は版元のプターク書房で一般購入が可能になっている。

 〝騒乱〟により世界の政治や経済の体制が激変してから10年弱が経っていた。主人公の少年は父親に促され、自転車に乗って北の町エルギスキに向かう。〝騒乱〟時に行方不明になった母親の手がかりが得られるかもしれないのだ。日本海側にあるエルギスキには、シベリア、極東ロシアから移り住んだ人々が暮らしている。少年は、そこでサキとユリというエヴェンキ族の2人の少女と出会い、思いもかけなかった自身の秘密を知る。

 途中までの舞台は未来の日本、東京湾岸はまだ十分に復興しておらず混沌としている。高校生になった少年は、祈祷師めいた老女が開く治療院でユリと再会し不思議な体験をする。やがて物語はロシアへと広がり、エヴァンキのルーツに迫ることになる。

 SFマガジン掲載当時の内容がほぼ保たれている(小見出しは新たに追加されている)。エヴァンキ族のシャーマンが登場し、薬物による幻覚描写も出てくる。1991年のソビエト連邦崩壊、オカルトめいた(ニューエイジを含む)スピリチュアル・ブーム、祈祷師は「ミヤコ教団」(『AKIRA』)を思わせるなど、1980~90年代頃の雰囲気が色濃い。ただ、狩猟民であるエヴァンキのシャーマンとの精神交感、自然と文明との接点は、最近の松樹凛の作品にも受け継がれる古くて新しいテーマといえる。ファンタジイではなく、あくまでSFなのは著者のこだわりだろう。主人公がこういう形で「入れ替わる」結末には、ちょっと意表を突かれた。