
Cover Design:小柳萌加(next door design)
「紙魚の手帖」掲載の2作品に、書下ろし中編を加えた連作中短編集である。舞台はこれまでのような異星ではないが、われわれの知る日常とは異なる「無常」の世界。今回の登場人物は異形の姿でこそないけれど、やはりふつうの人ではない。異能を秘めた人間なのだ。
無常商店街(2021)翻訳家を職業としている主人公は、アパートで猫の面倒を見るよう姉から命じられる。無常商店街の調査に行って留守になるからという。アパートは浮図市掌紋町にあるが、厚生労働省の要観察地域になっているらしい。
蓋互山、蓋互山(2024)町が気に入って住むことにした主人公に、姉から今度は商店街の奥底で人を惑わす黒縁眼鏡の男を引きづり出せと指示が下る。その男を連れて行く先が不束市にある蓋互山なのだ。
野辺浜の送り火(書下ろし)主人公は、またも姉に今度は海辺の千重波市野辺浜町へと呼び出される。しかも式典に出席する準備をしていけとの伝言が。何の式典なのかは分らない。目的地は海鮮を扱う賑やかな商店街を抜けた先にあった。
無常商店街は次々と姿を変える。うかつに深部に踏み込むと二度と元へは戻れない。(ある種の)次元断層(のようなもの)を転がり落ちていくと、地名どころか言葉も、土地の習俗さえもが変化し、得体の知れないものが次々湧き出てくる。そこを主人公は(よく分らない)異能によって切り抜けていく。
「皆勤の徒」は著者が勤め人だった頃の体験が魔改造されたもの、『宿借りの星』は人類の未来と地続きだった。つまり、異様には見えても現存する世界との接点がある。本書でも、著者が世界を旅して体験した異文化(イスタンブール)や東尋坊商店街とかが創造の源になっている(巻末対談を参照)。連作集『ゆきあってしあさって』で夢想した架空の都市を、活気があった時代の庶民的な商店街や、ローカルな観光地の光景に投影した作品といえる。そういう意味では今どきの怪談に近いが、日本的な因縁話には(なりそうで)ならない。
- 『旅書簡集 ゆきあってしあさって』評者のレビュー