シオドラ・コス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』早川書房

The Strange Case of the Alchemist`s Daughter,2017(鈴木潤・他訳)

カバーイラスト:シライシユウコ
カバーデザイン:川名潤

 著者は1968年ハンガリー生まれの米国作家。本書は最初の長編にあたり、2018年にローカス賞第1長編部門を受賞している。ヴィクトリア朝時代の英国(19世紀末)で、出自が「ふつう」ではない女たちが活躍する《アテナ・クラブの驚くべき冒険三部作》の第1部となる作品だ。

 長い介護の末、母を亡くしたメアリ・ジキルは、残された財産を調べるうちに慈善団体で暮らすハイドの娘の存在を知る。行方不明になったハイドはまだ生きているのか。メアリはシャーロック・ホームズやワトスンの助けを借りながら真相を追っていくが、その過程で〈錬金術師協会〉と称する怪しい科学者の団体が見え隠れする。また、協会に絡んだ科学者の娘が次々と登場し、メアリたちの仲間に加わっていく。

 スティーヴンソンのジキル博士とハイドの娘、ナサニエル・ホーソンのラパチーニ教授の娘、ウェルズのモロー博士の娘、シェリーのフランケンシュタイン博士の娘、それにジキル家のメイドや家政婦もオマケではなく主要登場人物となって出てくる(娘=血族とは限らない)。これらの人物は、オリジナル(それぞれの原典)で、どちらかといえば一方的に加害される側、弱い被害者だった。その点、本書では女性の役割が違う。女性だけの探偵チーム〈アテナ・クラブ〉を守り立てるため、容姿や性格までパワーアップされているのだ。

 本書がシャーロック・ホームズもののパスティーシュなのかというと、ちょっと違うように思える。主人公はあくまでもマリアたち、ホームズは19世紀の男社会の中で、彼女たちが自由に動けるよう手助けをする補助装置なのだ。また、メアリたちの物語を記述するのはモロー博士の娘、その文中にクラブメンバーの合いの手(ツッコミ)が挟まるメタ構造で書かれている。残念ながら物語は本書だけでは完結しない。〈錬金術師協会〉の秘密も含めて、次作へと送られている。すでに原著は2019年に完結済みなので、翻訳が待たれるところだ。