大森望編『ベストSF2020』竹書房

カバーデザイン:坂野公一(welle design)
カバーイラスト:Kotakan

 東京創元社版の《年刊日本SF傑作選》は、日本SF大賞の特別賞を受賞するなど高い評価を受けながらも昨年で終了、今年からは大森望単独編集による竹書房版《ベストSF》に形を変えて引き継がれることになった。メリルからドゾアへと(名称が)変わっただけでなく、編集方針もより年刊傑作選の原点に立ち返ったものに改められている。

“初心に戻って、一年間のベスト短編を十本前後選ぶ”という方針を立てた。作品の長さや個人短編集収録の有無などの事情は斟酌せず、とにかく大森がベストだと思うものを候補に挙げ、最終的に、各版元および著者から許諾が得られた十一編をこの『ベストSF2020』に収録している。

編者序文より

 円城塔「歌束」歌束とは、歌を固めたもの。湯をかけると、ばらばらの文字になり、またそれが新たな歌を生み出していく。
 岸本佐知子「年金生活」衰退した社会に住む老夫婦の年金は、どんどん先へと繰り延べされる。ある日、突然年金が支給されると通知がくるが。
 オキシタケヒコ「平林君と魚の裔」銀河の古参種族の中で、奇跡的に成功した地球人の星間行商人は、なぜか全くやる気のない主人公を乗員に採用する。
 草上仁「トビンメの木陰」かつて隆盛を誇った帝国の首都はすでに面影をなくし、見知らぬ紫の実を付けた大木が影を投げかけるだけだった。
 高山羽根子「あざらしが丘」捕鯨を再開したものの、捕鯨文化復活にはほど遠い。人気を盛り上げるためアイドルグループによる捕鯨ショーが企画される。
 片瀬二郎「ミサイルマン」外国人労働者だった青年が無断欠勤する。青年の故国ではクーデターが発生し大統領が政権を追われたという。
 石川宗生「恥辱」世界が沈もうとしているらしい。動物たちは人間たちと力を合わせて巨大な方舟を建造するが、思いもかけない条件を告げられる。
 空木春宵「地獄を縫い取る」小児性愛の摘発のため作られたAIをめぐる物語に、室町時代の地獄太夫の物語が重なり合いさらなる地獄が姿を見せる。
 草野原々「断φ圧縮」精神の治療のために、医師は患者に世界を指し示す。その世界はカルノーサイクルでできており、圧縮されれば正気になっていく。
 陸秋槎「色のない緑」機械創作が普及した近未来、主人公は高校時代からの友人が自殺したと聞く。死の原因を探るうちに、却下されたある論文の存在が浮かび上がる。
 飛浩隆「鎭子」同じ発音の名前(しずこ)を持つ2人の主人公が、リアルの東京とフィクションの泡洲(あわず)で共鳴しあう。

 版元了解が取れず収録を断念した、伴名練「ひかりより早く、ゆるやかに」は筆頭に収めるべき作品だったという(編集後記に経緯が書かれている。ちなみに、この作品の影のモチーフは京アニ事件である)。年金、捕鯨、外国人労働者、仮想の小児性愛、機械翻訳(創作)と、時代を反映するキーワード(2019年に「事件」があったもの)が含まれているのは年刊傑作選らしい。契機のニュース自体は忘れられても、普遍的なテーマになるものばかりだ。

 常連の円城塔、復活した草上仁、少し変化球を投げた飛浩隆、手慣れた岸本佐知子やオキシタケヒコは安定のレベル。あえて問題作に挑んだ高山羽根子と片瀬二郎、残酷描写が際立つ石川宗生と空木春宵、これをハードSFと呼ぶのはどうかと思う草野原々と、『ノックス・マシン』のスタイルを踏襲した陸秋槎も印象に残る。

 なお、本書の「二〇一九年の日本SF概況」で拙著『機械の精神分析医』が、「2019年度短編SF推薦作リスト」(約30作)に同書収録の「マカオ」が挙げられている。アマゾンサイトの他、こちらの下側(3冊中の最下段)にも詳細があります。興味を惹かれた方はぜひお読みください。