アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン『こうしてあなたはたちは時間戦争に負ける』早川書房

This Is How You Lose the Time War,2019(山田和子訳)

カバーデザイン:川名潤

 2019年に出てヒューゴー賞やネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞(それぞれノヴェラ部門)など5賞を軒並み受賞した話題作。もともと中編の長さなのでコンパクトで読みやすい。著者はレバノン系カナダ人アマル・エル=モフタールとアメリカ人マックス・グラッドストーンのコンビだ。

 時空の覇権を賭けて《エージェンシー》と《ガーデン》という2つの組織が争っている。レッドは前者に、ブルーは後者に属する有能な工作員だ。各陣営は自分たちに有利な時間改変の種を植え付け、相手のそれを根絶やしにしながら勢力範囲となる並行世界(ストランド)を拡張/消滅させようとしている。そんなあるとき、戦いを終えたレッドはこの世界にはあり得ない一通の手紙を見つける。

 時間を股にかけた2大組織の抗争というと、サンリオSF文庫世代の読者なら、フリッツ・ライバー『ビッグ・タイム』の《スネーク》と《スパイダー》を思い出すだろう。ライバーも単純な冒険活劇ではないのだが、本書の場合はさらに奇妙で、レッドとブルーはお互い惹かれ合い、組織に知られない方法で(メールでもSMSでもない)文通を交わそうとするのだ。エージェント同士が「文通」するってなに? ちなみに、本書の中で2人の性別は女性(文中では彼女とある)のようではあるが、もしかすると、われわれのような性を持たない存在かも知れない。

 手紙はさまざまなところに隠れている。クリーム色の紙、MRIの中の水、僧院の納骨堂、神殿に収められた古代の(Appleの)シリ、あるいは何世紀も経た木の年輪。本書の最大の特徴として、歴史(時間ものなので)から文学作品と音楽(シェリー、テニスン、キャロル、キーツ、そしてディランなどポピュラー・ミュージックまでさまざま)に至る多彩でお洒落な引用がある。日本の読者には分かりにくいけれど、手紙のバリエーションと絡めて、詩的でリズム感ある文体の一要素だと解釈すれば楽しめるだろう。

J・J・アダムズ編『この地獄の片隅に』東京創元社

Armored,2012(中原尚哉訳)

装画:加藤直之
装幀:岩郷重力+W.I

 3月に出た本。『スタートボタンを押して下さい』(2015)と同じ編者による「パワードスーツSF傑作選」である(発表年的には本書の方が古い)。編者は LightspeedNightmare Magazine 等の電子/Web版雑誌の編集を長年手がけ、年3~4冊のペースでアンソロジイの編纂も行うなど、独自の短編市場を切り開く活動を続けているJ・J・アダムズ。

 本書は、傑作選といっても既存作品からのセレクトではなく、すべて書下ろしのオリジナル・アンソロジイになっている。訳者が全23編から12編を選び、読みやすいように掲載順序を入れ替えているのは前作と同じスタイルだ。原著よりコンパクトなことが人気を呼んだのか、7月にはさらなる新刊 Federations,2009 が予定されている。

 ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」有毒な大気に満ちた惑星で、異星人と交戦する機動歩兵の部隊は将軍から直々に無謀な命令を受ける。
 ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「深海採集船コッペリア号」藻類を刈り取る作業船が、水中に沈んでいたデータドライブを偶然見つける。そこに映っていたものとは。
 カリン・ロワチー「ノマド」人とロボットが一体化した融合者は「縞」と呼ばれる縄張りを作り、他の縞との抗争を繰り返していた。
 デヴィッド・バー・カートリー「アーマーの恋の物語」その天才発明家は、決して自身のパワーアーマーを脱がないことで有名だった。
 デイヴィッド・D・レヴァイン「ケリー盗賊団の最期」19世紀のオーストラリア、隠棲した発明家のもとに強盗団の一味が現われ、実現不可能と思われる兵器製造を命じる。
 アレステア・レナルズ「外傷ポッド」戦闘中に負傷し医療ポッドに収容された兵士は、それでも戦闘に関わろうとするが。
 ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー「密猟者」全域が自然保護区となった地球で、異星の密猟者に対処するアーマーを着たレンジャーたち。
 キャリー・ヴォーン「ドン・キホーテ」スペイン内戦末期、アメリカ人のジャーナリストは、劣勢の共和国軍の開発した恐るべき新兵器を目撃する。
 サイモン・R・グリーン「天国と地獄の星」凶暴な植物が生い茂る惑星にハードスーツを着た要員が送り込まれる。彼らにはそうならざるをえない過去が隠されていた。
 クリスティ・ヤント「所有権の移転」もともとの外骨格の所有者が殺される。殺人者が代わりに使おうとするが、もちろん思い通りには動かない。
 ショーン・ウィリアムズ「N体問題」ワープゲートの終点にある星は異星人達の坩堝だった。そこで主人公はメカスーツをまとう女と出会う。
 ジャック・マクデヴィット「猫のパジャマ」強烈な放射線を放つパルサーを巡る観測ステーションから連絡が途絶える。補給船はその中で唯一の生命反応を見つける。

 日本で単行本が出ている作家は、ジャック・キャンベル、カリン・ロワチー、アレステア・レナルズ、サイモン・グリーン、ショーン・ウィリアムズ、ジャック・マクデヴィットと結構いるが、現行本が残るのはキャンベルくらいだろう。逆に言えば、作者名にこだわらず内容だけで読めるわけだ。

 パワード/アーマードスーツというアイデアがハインライン『宇宙の戦士』由来だとすると、必然的に本書はミリタリものになりそうなものだが、実際にはミリタリーSFは少数派である。キャンベルとレナルズくらいしかない。代わりに知性を持ったアーマー/外骨格が主人公になったり、宇宙服の延長線上やスチームパンクのメカ、アーマーを着ていることが設定の一部になっていたり、あるいは事件解決の手段になったりする。やや強引なものを含めて、機動歩兵ばかりがアーマーネタではないのだ。最後の作品は(古い読者は誰もが思うように)クラークネタ。ただし、オチに使っていないのがミソ。

山本弘『料理を作るように小説を書こう』東京創元社・他

カバーイラスト:竹田嘉文
カバーデザイン:日高祐也

 創作についての本は従来からたくさん出ているが、今年の4月に山本弘と冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家』(早川書房)が、さらに3月には、ミステリ作家でベストセラーの常連でもある松岡圭祐による『小説家になって億を稼ごう』(新潮社)が出版され話題になった。3冊をまとめて買った人も多いようだ。今週はこれらを取り上げてみたい。

 まず『料理を作るように小説を書こう』は、隔月刊の「ミステリーズ!」で2016年8月から1年間連載された創作講座を加筆訂正したものである。受講者と著者のQ&Aのスタイルで書かれており、アイデアを食材、プロットを調理法になぞらえ、小説を料理に見立てて説明している。主に1950-60年代SFを中心に著者に影響を与えた作品が、自作のアイデアやプロットにどう応用されているのかを、引用文を多用することで説明している。

 冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家』はセンセーショナルな表題が付いているが、内容は著者独自の分析に基づく創作術といえる。この本のベースには、西武池袋コミュニティカレッジで行われた「冲方丁・創作講座」がある。著者には『冲方丁のライトノベル書き方講座』という本が既にあり、ノウハウ的な内容はそちらに書かれている。本書は講座のエッセンスを16のポイントに分割し、コンパクト(250枚ほど)にまとめ直したものだ。例文などもあり具体的だが、初心者向けというより作家としての持続性に重きを置いた内容といえる。

 松岡圭祐『小説家になって億を稼ごう』も煽った題名ではあるものの、内容はむしろ堅実な生き方を勧めている。最初から長編を書くべきだ、その手法はお話をすべて頭の中で組み立て切ってから、三幕構成で書けとある(自身のノウハウなのだろう)。そこまでは創作の方法だが、本書が類書と違うのは、デビュー後の対応について詳細に記載してあることだ。業界の内情を含めて、新人作家がどう振る舞うべきか、何をしてはいけないかが明確に書かれている。

 作家がなぜ創作の方法を人に教えるのか。この3冊には、それぞれが考える理由が書かれている。まず第一に、人に教えることで、自身の創作に対する考え方を総括することができる。それが新たな創作の糧になるかもしれない。また、蓄えたノウハウを、失わせることなく次世代に継承することができる。次の作家が生まれなければ、ジャンルどころか小説そのものすら滅びてしまう。

 もう一つの特徴、作家が自分を語る自叙伝的な要素も注目に値する。著者の経験(どうやってデビューしたのか、何が助けとなり何が妨げとなったのか)が、そのまま半生の生きざまになっているのだ。作者に興味がある読み手にとって、こういう部分は見逃せないだろう。

 山本弘はキャリア40年。冲方丁は25年、年収6千万で12億を稼ぐ。松岡圭祐は24年、ピーク年収1億越えで累計額は冲方丁を上回るだろう。ただ、それぞれの収入の多寡、仕事内容に差異はあっても、多数の著作を世に出したエンタメ分野の成功者である点に違いはない。3人で共通するのは、創作を志す動機を「書くのが楽しいから」としたことだ。金儲けや著名文学賞の獲得に目標を置いただけでは、達成した後/挫折した後に行き詰まる。好きであるからこそ、浮き沈みがあっても乗り越えられるのだ。

マイクル・ビショップ『時の他に敵なし』竹書房

No Enemy But Time,1982(大島豊訳)

デザイン:坂野公一(welle design)

 名のみ高いまま翻訳されることがなかった(そういう作品は、まだいくつもある)1983年のネビュラ賞長編部門受賞作。マイクル・ビショップの長編という意味では、3年半前に『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』が出ているのだが、そちらはメタ構造の変格ホラー小説だった。本書はタイムトラベルものであると同時に人類学SFでもあるので、ビショップ全盛期80年代の代表作といえるだろう。表題はイェイツの詩の一節 The innocent and the beautiful/Have no enemy but time. から採られたもの。

 200万年前のアフリカ東部に、一人の空軍兵士が送り込まれる。そこには人類直系の祖先にあたるホモ・ハビルスたちが暮らしていた。時間旅行には制約があり、タイムトラベラーとその時代とが同調している必要があった。若い兵士はその条件に適合していたのだ。だが、過去と現在を結びつけていた通信が途絶してしまう。

 本書では2つの物語が描かれている。200万年前に島流しされた男の苦闘と、自分は何ものなのかを探る出自をめぐる物語である。主人公は小柄な黒人男性、実母はスペインの娼婦だったが赤ん坊の頃に捨てられ、アメリカ人軍属の養子となる。養父はヒスパニック、養母の実家は保守的な田舎で差別は日常的にある。主人公は赤ん坊の頃から、200万年前の世界を夢の中で見る“魂遊旅行”をすることができた。やがて、著名な古人類学者の目に留まり、アメリカ軍がアフリカの新興国と秘密裏に進める時間旅行計画に参加することになる。

 複雑な過去を抱えた主人公の葛藤を背景に、200万年前のホモ・ハビルス女性との不思議な愛情関係が描かれる物語は、日ごろエンタメ小説を読まない読者にもお奨めできる重層的な構造になっている。魂のタイムトラベルというのも、それが個人のルーツではなく人類のルーツにつながるという点でいかにもSF的だが、主人公の心の問題の一解釈ともいえる。

 訳者は本書を最低でも2回読めと薦めている。難解ではないが、実際それだけの内容をともなう作品だろう。600ページを超える分量(原稿用紙で1000枚越え)があり、読み応えも十分だ。あいにくなことに、評者はまだ1回しか読めていませんが。