著者は英国在住の弁護士で本書が最初の著作になる。2019年にいったん書き上げられ、昨年出版されるとパンデミックとの暗合もあって忽ち評判となった。本書の原題はもっと直截的(『男たちの終わり』)なのだが、邦題はティプトリーの短編「男たちの知らない女」に準拠している(と思われる)。ティプトリーの作品は男から見えない女の隠された能力を暗示したもの。また、男が絶滅した社会という設定だけならジョアンナ・ラス「変革のとき」に近いかも知れない。とはいえ、本書の切り口はそれらとはだいぶ異なるものだ。
2025年、英国グラスゴーで奇妙なインフルエンザが発生する。発症した患者は数日のうちに次々と亡くなり、しかも男性ばかりなのだ。発見した医師の初期の警告は無視され、病気は瞬く間に他国へと広がっていく。男の致死率は90パーセントを超え、世界は半分の人口を失うことになる。
群像劇である。扉に書いてある人物だけで26人、実際には女性中心にもっとたくさんの人々が登場する。大学の研究者、救急病院の医師、ウィルス学者、遺伝学者、新聞記者、情報局員、警官などなど。ただし、物語はそれぞれの役職だけではなく、夫婦や親子関係の葛藤で動く。妻が保菌者になって、息子や夫に致命的な病を移すかもしれない恐怖。このあたりは現在のコロナ禍と似ているだろう。舞台は英国内がほとんどだが、フランス、カナダ、アメリカ、シンガポール、中国なども含まれる(正直なところ、英米圏以外の描写にはリアリティを感じないが)。
人口が半分にまで急減して、このような形での復興が可能なのかどうかは議論の余地があるだろう。しかし、本書はそもそも英国伝統のアフターデザスターノベル(世界破滅後を描く)とは違う。まったく新たな世界、新秩序が創造されるわけではないからだ。男社会は強制的に終わる。しかし人口の9割を占める女性によって、世界はより平和で滞りなく治められるのである。
- 『ピュア』評者のレビュー