上田早夕里『獣たちの海』早川書房

カバーイラスト:Tarosuke
カバーデザイン:岩郷重力+S.I

 《オーシャンクロニクル・シリーズ》に属する書下ろし中短編集。シリーズの短編はこれまで断片的に3作品が発表されてきたが、1冊の短編集として出るのは初めてである。シリーズ中核を成す『華竜の宮』(2010)『深紅の碑文』(2013)は併せて3000枚弱に及ぶ大長編で、500年間に及ぶ大異変の時代を描くが、それだけに個々の人物について語る余地はまだ多くある。そういう背景から書き下ろされたのが本書の作品で、シリーズ始まって以来10年余の構想が反映されている。

 迷舟:洋上を移動する海上民の少年は、船団の後を追う見慣れぬ魚舟を見つける。〈朋〉のいる船団を見失った迷舟と思われた。
 獣たちの海:生まれ落ちたばかりの小さな魚舟は、太洋の中で成長しまた再び船団の下へと帰って行く。
 老人と人魚:島に住む元医師だった老人は、ある日浜辺に流れついた見慣れぬ生き物を見つける。
 カレイドスコープ・キッス:〈大異変〉から人々を守るために作られた海上都市の周囲には、入りきれない海上民たちの船団がいる。主人公は保安員として船団と都市との調整役を務めていたが、お互いの不信感に悩まされる。

 3つの短編と1つの中編からなる。巻末に各作品についての著者解題が付されている。コミックや絵物語にすることを前提とした「迷舟」、2011年頃に着想し魚舟の視点で描かれた「獣たちの海」、2013年末から書き始めて保留されていた「老人と人魚」、巻末の中編「カレイドスコープ・キッス」は『深紅の碑文』で書かれていなかった空白に当て嵌まる作品だという。

 少年と魚舟、魚舟自身、老人と人魚(ある目的を持って改編された生き物)、船団の長と保安員(どちらも女性)。それぞれの物語での人間関係はミニマイズされていて、それだけストレートに主張が伝わってくる。本書は複雑な大長編とは対照的と思えるコンパクトな短編集だが、人間による小さな物語で人類の大きな歴史の隙間を描いていくという、著者のクロニクルに対する基本姿勢がうかがえて興味深い。