川野芽生『無垢なる花たちのためのユートピア』東京創元社

装画:山田緑
装幀:柳川貴代

 6月に出た本。第65回現代歌人協会賞を受賞した川野芽生の初短編集である。年刊アンソロジイ《Genesis》掲載のもの2編を含む6つの作品を収める。著者は10月に掌編集『月面文学翻刻一例』も出している。

 無垢なる花たちのためのユートピア(2020)7人の導師と77人の少年たちを乗せた箱船が、楽園を目指して荒廃した地上から飛び立つ。
 白昼夢通信 (2019)展覧会のカタログだけを収めた図書館で偶然知り合った2人が、転々と場所を変えながら不思議な近況を伝え合う。
 人形街 (書下ろし)周りの誰もが人形と化した街で、1人だけ人間のままだった少女には身体的な理由があった。
 最果ての実り (2021)人類が滅亡したあと、体の大半を機械と置き換えた男と、植物の体を持つ少女とが湖の浅瀬で出会う。
 いつか明ける夜を (2021)世界はいつも闇の中にあった。どのような光でも、たとえ月の光であっても住人たちは恐れるのだ。
 卒業の終わり(書下ろし)外部から隔絶された学園で教育を受ける少女たちは、卒業するとそれぞれの配属先で仕事に就く。だが、その社会の仕組みには暗黙の前提があった。

 巻頭の少年たちと、巻末の少女たちにはともに花の名前が与えられている。花の名は美しいが、少年少女たちが人として扱われないことを暗示する。切り花のように鑑賞され、枯れれば棄てられる存在なのだ。「卒業の終わり」では、これを(デフォルメされてはいるが)ジェンダーギャップの問題として描き出している。

 本書の作品の多くは、(昭和初期というより末期の)耽美小説を思わせる雰囲気をまとっている。また、ほとんどはディストピア的な世界を舞台とする。現人類は変貌し、外観や機能までもが異形化した新たな人々が生きている。

 しかし、物語は人類を語るのではなく、彷徨う個人(さまざまな理由で集団に馴染めないノマドたち)に焦点を当てる。過酷な運命に晒されるが、それは酷いのではなくむしろ美しいとも解釈できる。結果的に幸運に導かれるのか、不幸を招くのかは明確にされない(「卒業の終わり」は例外的に明瞭だが)。読者それぞれが思量する余地を残したのだろう。