イアン・マクドナルド『時ありて』早川書房

Time Was,2018(下楠昌哉訳)

装幀:川名潤

 2018年の英国SF協会賞短編部門を受賞、2019年のキャンベル記念賞の最終候補(この2つの賞で著者は常連)ともなったマクドナルドの注目作品である。長さ的には300枚に満たない中編(ノヴェラ)ながら、原著も本書と同様の薄手の単行本(チャップブック)で出た。

 ロンドンの老舗古書店が廃業になる。主人公は、廃棄処分となった値の付かない本の山から、『時ありて』と書かれた1937年刊の詩集を拾い出す。ところが、それには古い手紙が挟み込まれていた。ネット通販の古本屋だった主人公は、その謎めいた内容に惹かれ書き手を追跡しようと試みる。

 手紙は、兵役に就いている詩人の青年が、その恋人である科学者に宛てたものらしかった。しかし、それらしい人物を写した写真の年代が大きく離れている。手紙の主な舞台は第二次大戦下のサフォーク海岸付近(ロンドンから北東に100キロ)にある。物語は、手紙の謎を追いかける古本屋探偵の現在(フェンランド、リンカーンシャーなどサフォークと隣接する地域)と、確率的に散乱した複数の過去とを往復しながら進んでいく。

 同じ人物が時代を超えて写真に記録されている(年を取らない)という発端は、多くの物語でも使われている(評者は「ネームレス」という作品を書いた)。その探偵役を今どきの実店舗レス古本屋が務め、主な舞台を(日本ではあまり知られていない)イングランド東部に置き、点描された2人の男たちの愛情と絡めるなど、設定の組み合わせが面白い。加えて、文学的ミステリ的な趣向が凝らされているのが特徴だろう。

 「時ありて、また時ありぬ」(time was , time will be again)は本書中の詩人が記した一文である。過ぎ去った過去と未来との間を彷徨う、登場人物たちの悲哀と希望を象徴するかのようだ。