セコイア・ナガマツ『闇の中をどこまで高く』東京創元社

How high we go in the Dark,2022(金子浩訳)

装画:最上さちこ
装丁:岩郷重力+W.I

 著者は1982年生まれの日系アメリカ人作家。この長編は、2022年から始まったアーシュラ・K・ル=グィン賞特別賞受賞作(最終候補)である。「希望の根拠を突き詰め、今の生き方に代わる選択肢を見出す」imaginative fictionを対象とする賞という。ル=グィンの名を冠するに相応しいかも考慮されるようだ。ちなみに、この年の正賞はケニアの女性作家カディジャ・アブダラ・バジャベルに贈られた。

 温暖化が進むシベリアで永久凍土が緩み、三万年前の洞窟が露出する。そこでミイラ化した少女が発見される。だが同時に見つかった未知のウィルスの中に、臓器の機能をでたらめにするという恐ろしいパンデミックの源も混じっていた。その病は、やがて北極病と呼ばれるようになり、まず子どもを中心に蔓延する。

 たくさんの断章から物語は構成される。閉塞的なシベリアの発掘調査基地、子どもを安楽死に至らせるパーク「笑いの街」、死の間際でネット空間を漂う少年の意識、治療法を研究する中で知能が目覚めた(ように見える)実験動物の豚、巨大な葬儀会社の死別コーディネータが住むエレジー(哀歌)ホテル、サポートもない古いロボドッグを弔う修理屋、さらにはマイクロ・ブラックホール技術から生まれた亜光速宇宙船USSヤマト(ヤマトは人名に由来)による恒星間移民の物語までスケールアップする。

 調査中の事故で亡くなった娘とその父親、パークで働く男は兄と折り合いが悪く母の介護からも逃れ、科学者は息子の治療を巡って妻と疎遠になる。病を軸とした父と子、母と子や夫婦、兄弟姉妹のさまざまな葛藤が描かれる。多くの登場人物は日系で人種的な軋轢もある。移民のルーツとなる母国日本は、東京のインターネットカフェや新宿スラム、海進で水没した新潟(一時期住んでいた)などが、アジア的な家族の象徴として登場する。その視点は著者の体験に由来するのだろう。どれもが家族の物語である。パンデミックは本書のテーマではない。極限にまで追い込まれた家族が主題なのだ。

 作者の好みなのか、80年代ミュージック、スタートレックやスターウォーズ、セーラームーン、ソニーのAiboなど、クラシックなガジェットがお話しの中に見え隠れする。USSヤマトはその延長線上にあるものだ。ル=グィン的ではないが、超越者の存在まで匂わす大胆さがある。また「紫水晶のペンダント」が冒頭と結末を結ぶなど、人物だけではなく小道具の伏線にも配慮が行き届いた作品といえる。