ベストSFをふりかえる(2013~2015)

 シミルボン転載コラムの《ベストSFをふりかえる》は今回までです。ここで取り上げた9つの作品はひと昔以上(15年~9年)前のものながら、ロングセラーとして今でも読み継がれています。時代を越える普遍性を有していたとみなせるでしょう。そこを含めての「ふりかえり」とお考えいただければ幸いです。以下本文。

2013年:酉島伝法『皆勤の徒』東京創元社
 2011年の第2回創元SF短編賞の受賞作「皆勤の徒」と2012年の受賞第1作「洞の街」に、雑誌掲載の中編、書下ろしを加えた初短篇集である。短編集ではあるものの、一貫した世界観で書かれた長編のようにも読める。第34回日本SF大賞を受賞、2015年に文庫化されている。

「皆勤の徒」(2011)海上に聳える塔のような建物で、従業員はひたすら何物か分からないものを製造し続ける。「洞の街」(2012)漏斗状に作られた洞の街では、定期的に天降りと呼ばれる生き物の雨が降る。「泥海の浮き城」(書下ろし)海に浮かぶ城、二つの城が結合する混乱の中で、祖先の遺骸とされるものが消える。「百々似隊商」(2013)何十頭にもなる百々似(ももんじ)の群れを引き連れ、交易をおこなう隊商の見たもの。

 「皆勤の徒」は、一見ブラック企業に勤めるサラリーマンを戯画化した小説のように読める(実在のモデルがあるそうだ)。しかし現実とのつながりを探そうとすると、たちまち深い迷路に彷徨いこむ。“寓意”や“風刺”といった要素とは異なる、全く異質の世界が広がっている。閨胞(けいぼう)、隷重類(れいちょうるい)、皿管(けっかんもどき)など独特の造語、著者自身が書いたイラストとも併せ、描かれる異形の生き物の不気味さがめまいを呼ぶ。

 「洞の街」は著者の敬愛する山尾悠子「夢の棲む街」のオマージュでありデフォルメでもあるもの、「泥海の浮き城」はエリック・ガルシア《鉤爪シリーズ》に似た昆虫人によるミステリ。「百々似隊商」に至ると、ノーマルな人間世界とこの世界とが対比的に描かれ、世界の成り立ちを仄めかす内容となっている。巻末の大森望による解説では、こういった酉島伝法世界をSF的に解釈する見方が詳細に述べられている。これはこれで本書を読み解く手がかりになるものの、ふつうのSFに還元できない部分にこそ本書の特徴があるのは間違いないだろう。

2014年:ダリオ・トナーニ『モンド9』シーライトパブリッシング
 この年は、映画化もされ第46回星雲賞に選ばれたウィアー『火星の人』や、第35回日本SF大賞の藤井太洋『オービタル・クラウド』が出ている。そんな中で目立たなかったが、長編初紹介となる著者ダリオ・トナーニは、1959年生まれのイタリア作家だ。本書は、2013年のイタリア賞(1972年に始まったイタリアSF大会Italconで選ばれるファン投票によるSF賞。著者はこれまで5回受賞)、及びカシオペア賞(こちらは選考委員による年間ベストのようだ)を受賞するなど非常に高い評価を得た。

 そこは世界9(モンドノーヴェ)と称される。有毒な砂に満たされた砂漠を走る巨大陸上船〈ロブレド〉から、一組の継手タイヤ〈カルダニク〉が分離し脱出するが、二人の乗組員はその中に閉じ込められる。砂漠に座礁した〈ロブレド〉に棲みついた鳥たちを狙う親子がいる。鳥たちは半ば金属と化している。〈チャタッラ〉島は遺棄された無数の船が流れ着く墓場、毒使いたちはまだ生き残っている船の命を絶ち、有用な資材を運び出そうとする。〈アフリタニア〉は交換部品となる卵を生み出す船だ。だが、金属を喰らう巨大な花が口を開き、行く手を阻んでいる。

 雑誌掲載などで、10年に渡って書かれた連作短編4作から成る長編である。“スチームパンク”とされるが、重量感のある鉄をイメージするメカが登場するものの、19世紀的なものではない。金属が非常に有機的に描かれている。金属であるのに人を消化し、逆に疫病によって人や鳥さえ金属と化していくのだ。

 現実を思わせるアナロジーや社会風刺などはなく、ひたすら想像力で世界を構築する。解説の中でバラードを思わせる(恐らく『結晶世界』のことだろう)とあるが、本書の黒々とした不吉さは著者オリジナルのものだ。

2015年:ケン・リュウ『紙の動物園』早川書房
 近年のSF翻訳書としては破格に売れ話題となった本。訳者古沢嘉通による日本オリジナル版である(註:2017年から出ている文庫版は、本書から内容が組み変えられている)。著者の短篇集はこれまで中国、フランスで先行し肝心のアメリカではまとめられていなかったが、本書と同じ表題を付けたものが2015年11月にようやく出た(収録作品は異なる)。

 ケン・リュウは1976年生まれの中国作家。11歳で家族と共に渡米、以降プログラマー、弁護士を経て2002年作家デビュー。この多彩な経歴が作品に生かされている。短編「紙の動物園」は、ヒューゴー/ネビュラ/世界幻想文学大賞の三賞を同時受賞した唯一の作品だ。また中国SF作家の紹介も多く手がけ、劉慈欣の作品《三体》がヒューゴー賞を受賞するなど、翻訳の技量にも定評がある。

 紙の動物園(2011)中国から嫁いできた母は英語を話せなかったが、折り紙の動物に命を吹き込めた。もののあはれ(2012)破局した地球から脱出した恒星船で、航行を揺るがす重大事故が発生する。月へ(2012)亡命を求める中国難民が、弁護士に語る迫害の真相とは。結縄(2011)雲南の山中、文字を持たない少数民族では、縄を結ぶことで記録が作られていた。太平洋横断海底トンネル小史(2013)日米を結ぶ海底トンネルで働く一人の抗夫の語る話。潮汐(2012)月が次第に近づく中、塔を嵩上げしながら潮汐を凌ぐ人々。選抜宇宙種族の本づくり習性(2012)宇宙に住むさまざまな種族が考える、書くことと本の在り方。心智五行(2012)遭難した脱出艇は、記録にない植民星で原始的な文明と遭遇する。どこかまったく別な場所でトナカイの大群が(2011)未来、多次元に広がった世界での両親との関係。円弧(2012)荒んだ人生を歩んだ少女は、やがて一つの出会いから不老不死の手段を手にする。波(2012)何世代も経て飛ぶ恒星間宇宙船に、断絶していた地球からのメッセージが届く。1ビットのエラー(2009)偶然が運命を決める、チャン「地獄とは神の不在なり」にインスパイアされた作品。愛のアルゴリズム(2004)自然な会話をする人形を開発した女性は、次第に精神を病んでいく。文字占い師(2010)1960年代国民党治下の台湾、文字からその意味を教えてくれた老人の運命。良い狩りを(2012)西洋文明が侵透する中国で、住処を追われた妖狐が見出した居場所とは。

 本書には、テッド・チャンの短篇との関係が言及された作品が2つある。「1ビットのエラー」と「愛のアルゴリズム」だ。後者は「ゼロで割る」の影響を受けたとある。ただ、冷徹な「理」に勝つテッド・チャンに対し、ケン・リュウは「情」に優る書き方をする。結果的に作品の印象は大きく異なる。

 例えば、表題作は中国花嫁の悲哀(日本でもあったが、事実上の人身売買だ)、「もののあはれ」は悲壮感漂う最後の日本人を描いている。類型的と見なされても仕方がない設定を、あえて情感によって昇華しているのだ。「太平洋…」の大日本帝国下の台湾人、「文字占い師」の二・二八事件(台湾在住者に対する国民党政府の弾圧事件)、「良い狩りを」の英国が統治する香港などなど、これらは史実の重みを背景に負いながら、物語を「情」に落とす装置ともなっている。

 自身が20世紀の中国を知る東洋人で、作品を総べるオリエンタリズムに違和感がないことが強みといえる。これらは、最新長編、新解釈の項羽と劉邦でもある《蒲公英王朝期》を幅広く受容してもらう際に、大きなアドバンテージとなるだろう。

(シミルボンに2016年8月16日~18日掲載)