『紙魚の手帖 vol.18 Genesis 今年も!夏のSF特集』東京創元社

カバーイラストレーション:カシワイ
ブックデザイン:アルビレオ

 昨年から紙魚の手帖の「夏のSF特集号」となったGenesisの第2弾。紙魚の手帖は隔月刊で、今現在のSFマガジンと同じペースだが、こちらは雑誌(第3種郵便物)ではなく単行本扱いである。もともとのアンソロジー《Genesis》も雑誌風の単行本だったので、(風合いはともかく)形式は一致しているともいえる。連載やエッセイ、レビューを別にすると、第15回創元SF短編賞受賞作+中短編7作という構成。

 稲田一声「喪われた感情のしずく」商品開発に苦しむ新人の感情調合師は、伝説的なカリスマが十数年ぶりに新作のオーデモシオンを発表すると聞いて色めき立つ。 
 宮澤伊織「ときときチャンネル#8 【ない天気作ってみた】」人気シリーズの最新作。今回は天候制御をテーマに、インターネット3から出てきた怪しい発明品が登場する。
 阿部登龍「狼を装う」東京から実家のクリーニング店に戻ってきた主人公は、乾燥室に吊るされた見知らぬ毛皮のコートをまとってみる。第14回創元SF短編賞受賞後第一作。
 レイチェル・K・ジョーンズ「子どもたちの叫ぶ声」小学校には銃撃犯から逃れるためポータルが用意されている。その中にはマイルズ卿と称するネズミがいた。
 斧田小夜「ほいち」神社の駐車場に意識を持った車が放置されていた。その車内ネットワークには、車の理解できないメッセージがどこからかまぎれ込んでくる。
 赤野工作「これを呪いと呼ぶのなら」任意の言葉を「恐怖」に変えるその脳直接書き込み型ゲームには、「呪われる」という迷信めいたネットのウワサがあった。
 松崎有理「アルカディアまで何マイル」文明が滅んだ未来、過酷な労働に苦しむ少年は、たまたま巡り合った鵞鳥(ガチョウ)兵と共にアルカディアを目指す。
 飛浩隆「WET GALA」2083年、メトロポリタン美術館で大規模な回顧展が開催される。オートクチュールのようなロボットを手掛けてきた創始者にまつわる展覧会だった。

 まず受賞作「喪われた感情のしずく」では、各選考委員から、飛浩隆「感情を操作する薬、新技術で社会変革を画策する天才、平凡な主人公による抵抗。まさに王道であり、大枠から細部まで現代のSF短編として今回随一の仕上がりだ」、宮澤伊織「香水になぞらえたであろう人工感情というアイデアが、アイデアだけに終わらず、最後までストーリーを動かすエンジンになっているのがとてもよかった。文体も平易な中に必要な情報が織り込まれていて読みやすい」、小浜徹也(編集部)「感情のコントロールを人工物に頼るというアイデアが新鮮であり現代的である。人工感情の体験も、同業者の目を通すことで分析的に語れている。過去のいくつものオーデモシオンの商品名も気が利いていた」など、高評価を得ている。

 オーデモシオンがフランス語の eau de émotion だとすると「感情の水」の意味になる。人を操る香水が出てくるパトリック・ジュースキント『香水』を思い出した。本作の「調合師」も「調香師」とのアナロジーから出てきたものだろう。人の頭にレセプタ(受容器、形状は不明)があって(ケーブルをジャックインするとかではなく)そこにオーデモシオンを注入するアナログさがユニークだ。ただ、50年以上先でレセプタがデフォにある未来なら、現在の延長ではなくもっと異質な社会になるのでは。

 他では、松木凛を思わせる憑依もの「狼を装う」は、日常的な倦怠から超常世界への変転が面白い。「子どもたちの叫ぶ声」はシリアスな社会問題とファンタジイとが対比ではなく交錯する。「これを呪いと呼ぶのなら」は、かつて炎上事件でトラウマを負ったゲームライターが、次第に底なし穴に墜ちていく展開が怖い。「WET GALA」は(MET GALAの頭文字のみ裏返しているので)SCIENCE FASHIONに載るべき作品ではないかと思ったが、創始者とAIチップの開発会社との関係/さまざまな物語中(生成)物語/〈テホム〉による世界規模の災厄などなど、ファッションを超越しためまいを誘う中編だった。とはいえ、ちょっと詰め込み過ぎ。