台湾の国立台湾文学館による「台灣文學進日本」(台湾文学を日本向けに翻訳紹介するプロジェクト。クールジャパンのように総花的なものではない)助成金を得て出版されたもの。コレクションは全部で3冊から成るが、ここでは「近未来篇」を取り上げる。これまで台湾のSF作家というと、クィアSFの紀大偉や古典的な張系国などが紹介されてきた。とはいえ、現時点でSFが盛んに書かれている状況ではない。本書では未紹介作家を中心に、SF的な現代小説に枠を広げて選出したようだ。
賀景濱(1958)*「去年アルバーで」(2005)バベルの塔のあるバーチャル空間に出入りする俺は、酒場やネイルサロンで酵母菌、右脳や左脳ととりとめない会話をする。
湖南蟲(1981)*「USBメモリの恋人」(2008)社長秘書の私は、片思いの社長の声をメモリに録音し、忘年会商品のアンドロイドで再現しようとする。
黃麗群(1979)「雲を運ぶ」(2019)親子の代理人は、ヒトの脳にログインできる能力がある。代々受け継がれてきたその力で、脳から雲のような何かを運び出すのだ。
姜天陸(1962)*「小雅」(2022)母親の介護用アンドロイド小雅が失踪する。遠方に勤める息子は代替品を申請するが、虐待を疑う担当者との交渉は難航する。
林新惠(1990)*「ホテル・カリフォルニア」(2020)無人の町を旅する私は、ホテル・カリフォルニアにチェックインする。だが、部屋から出られなくなってしまう。
蕭熠(1980)*「2042」(2020)誰もが人工頭蓋を付け、意識のアップロードをする2040年代。主人公はふと外出したくなって骨董品店に向かう。
許順鏜(1966)*「逆関数」(2015)教授の下に赴いた刑事は、過去に事件を起こしたストーリーマシンには、それが創造した物語に共通点があったと告げる。
伊格言(1977)「バーチャルアイドル二階堂雅紀詐欺事件」(2021)23世紀の日本、多くの被害者を破滅させたバーチャルアイドル詐欺事件の真相とは。
*:日本で初紹介の作家、括弧内は作家の生年と作品の発表年
全般的には、やはり現代文学の雰囲気が色濃い。SFをテーマに据えるのではなく、あくまでツールとしてカジュアルに扱っている。近未来の社会が舞台で、VR、アンドロイドなどが登場するが、それら自体が(何かの象徴ではあっても)物語を律するキーではないのだ。中編「バーチャルアイドル二階堂雅紀詐欺事件」は、200年後なのに(類神経生物とかを除けば)現在の日本とほぼ同じという(あえてそうした?)描写を含めて、特殊設定ミステリを思わせる。陸秋槎や斜線堂有紀と読み比べてみるべきなのかも。
- 『グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』評者のレビュー