円城塔の最新短編集。前の短編集『文字渦』が出たのは2018年だったので6年ぶりとなるが、著者は多くの雑誌やアンソロジーの常連なので間が開いたようには感じさせない。その間に、自らシナリオも書いたアニメの小説版『ゴジラS.P』なども出た。本書は、デビューから現在まで13年間の円城塔を4つの中短編で概観できる作品集だ。
パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語(2008)文字送りのないタイプライタで書かれたため■としか見えない重ね打ちされた物語、砂の中の都、涙性研究、2ビットの断章、紐虫の性質、数えられない数、ゴリアス、西進する波蘭。
ムーンシャイン(2009)モジュラス側からムーンシャイン経由で、双子のいる百億基の塔の街、全異端論駁、怪物的戯言(モンスタラスムーンシャイン)、多重共感覚者。
遍歴(2017)ライセンス型信仰集団のエルゴード教団は生まれ変わりを認める。生まれ変わりを無数に繰り返せるのなら、あらゆる人生を体験することができる。
ローラのオリジナル(2023)故人が生成した莫大なデータ「わたしのローラ」はどのようにして生まれたのか。画像データに残されたテキストの断片から再現がなされる。
著者による全作品の解題が付いている。最初期作と近作が同居する関係もあり、それぞれの作品が書かれた経緯や今日的な意味をふりかえるといった趣旨になる。
「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」は群像新人文学賞の落選作、にもかかわらず『年刊日本SF傑作選』に採られたもの。表題作「ムーンシャイン」も、同じく傑作選収録作なのに書き下ろしだったという(当時は、編者が収録に値すると認めれば問題なかったようだ)。これらは、専門用語のフレーズやSF的なイメージが現れる一方、(断片的な説明はあるものの)全体として何が書いてあるのか分からないという、その迷宮感が高評価のポイントだった。頂点に立つのが5年後の「道化師と蝶」(下記リンク参照)である。
芥川賞受賞のあと初長編『屍者の帝国』が出る。その後『プロローグ』や『エピローグ』(下記リンク参照)、『文字渦』などの連載を続ける途上で「遍歴」は書かれた。科学とも違う宗教哲学的な観点で読め、近刊予定の『コード・ブッダ』につながる作品だ。「ローラのオリジナル」のローラとは、LoRA(Low-Rank Adaptation)のことで、手軽に画像生成できるAI技術を指す(解題に指摘があるように、フェイクの蔓延や著作権の問題をはらむ)。こういう比較的ポピュラーなテーマと(抽象化されているとはいえ)存在感のある主人公を絡めたところに、円城塔の現在位置はある。
- 『言葉の綾とり師 円城塔』評者による作家紹介記事