マーガレット・アトウッド『老いぼれを燃やせ』早川書房

Stone Mattress,2014(鴻巣友季子訳)

扉デザイン:いとう瞳
扉イラスト:鳴田小夜子(KOGUMA OFFICE)

 アトウッドは、TVドラマにもなった宗教的ディストピアを描く《侍女の物語》、ウィルスにより人類社会が滅亡する《マッド・アダム三部作》、ブッカー賞受賞作のメタフィクション『昏き目の暗殺者』と幅広い読者層に受け入れられ、長編の多くは翻訳されている。ただ、短編集の紹介はそれに比べれば少ない。本書は最新短編集ではないが、(多くが)老年の主人公によるキング風ホラーが味わえる読みやすい短編集になっている。

 アルフィンランド:ファンタジー小説がベストセラーとなった作家も老境を迎えた。亡くなった夫が耳元で囁き、デビュー前に同棲し破綻した詩人との過去が去来する。 
 蘇えりし者:それなりに名をなした詩人は、今は衰弱し若い妻に介護される身だった。しかも、インタビューに訪れた大学院生は心外な質問をしてくる。
 ダークレディ:双子の兄妹がいる。妹は詩人の追悼式に出たいという。荒れた青春時代に同棲したことがあったのだ。だが、いがみ合ったファンタジー作家とも会うだろう。
 変わり種:家族の中でわたしだけが死ぬことになる。棺に納められ土に埋められるが、そこにはいない。異形の姿に変身して夜の村内を徘徊する。
 フリーズドライ花婿:妄想癖のある骨董商が、氷雨の中のオークションで競り落とした放置倉庫を確認すると、手付かずの衣装や備品が出てくる。 
 わたしは真っ赤な牙をむくズィーニアの夢を見た:3人の女たちがいたが、みんな1人の女に夫を寝取られていた。その最悪の女は死んだはずだった。
 死者の手はあなたを愛す:主人公は貧乏学生時代に、シェアハウスの家賃と引き換えに執筆中のホラー小説の権利を4人で分ける。やがて、その作品がベストセラーになる。
 岩のマットレス:リタイアした主人公は北極クルーズの船に乗る。そこで、高校時代に人生をめちゃくちゃにされた男と再会する。相手は気づいていないようだった。
 老いぼれを燃やせ:富裕層専用の介護ホームで暮らす主人公は、視力が衰えた上に幻覚が見える。老人施設連続放火の報せが流れ、ここにも暴徒が押し寄せてくるが。

 冒頭の3作品は登場人物が共通する。後に(そこそこの)名声を得る詩人が、詩の題材に使った同棲相手の女。女は詩人仲間から鼻で笑われながらも、エンタメ小説を書き成功する。貧乏生活の中で詩人を奪い合った、もう一人の同棲相手である双子の妹と冷静な分析を下す兄も登場する。誰もが日常生活を危ぶまれる老人になっている(ファンタジー作家は雪道で遭難しかかり、詩人は老害を隠そうともしない)。遠い過去の怨恨は(あとの記憶が薄らぐため)かえって老人になるほど深くなる。ただ、それは直截には描かれない。ファンタジー小説のメタファーとして解き明かされる。

 「変わり種」は吸血鬼なのに悪戯お化けのようだ。「フリーズドライ花婿」や「わたしは真っ赤な牙をむくズィーニアの夢を見た」では、クセのある登場人物が驚きの行動を見せる。「死者の手はあなたを愛す」では、分け前が不満な老境のB級ホラー作家が真実を知り、「岩のマットレス」(原著では表題作)では、仕事を引退した主人公が高校時代のレイプ当事者に完全犯罪を仕掛ける。一方、日本版の表題作「老いぼれを燃やせ」の場合、追われるのは老人たちになる。

 ファンタジー作家やホラー作家などは、儲けは多いにしても下に見られがちだ。アトウッドは文学の人ではあるが、グラフィックノベルなどを書いてエンタメ業界も知っている。そういう業界内や、作家間の差別意識も描かれている。後半の3作品はリタイヤ以降の老人が主人公で、リベンジというよりもっと酷い殺人を図ろうとする。その根源には、表題作に登場する暴徒たちの「働いていない老人に食わせるくらいなら(無駄なので)殺してしまえ」という、いつの時代/どこの国にも湧いてくる弱者苛めに対する恐怖心があるのかもしれない。10年前の著者が、自身の未来を想定して書いた老人小説ということで面白く読めた。