
装画:藤田新策
装幀:石崎健太郎

昨年に作家生活50周年を迎え、日本で何冊かの記念出版が行われたキングだが、アメリカで100万部を超えるベストセラーになった『フェアリー・テイル』(試し読み版もある)は、そのトリを飾る大判のハードカバーである(評論を除けば、この判型=A5サイズは『アトランティスのこころ』以来23年ぶりか)。
主人公はハイスクールの学生で、身長が190センチある体育会系のスポーツマン。ただ、母を悲惨な事故で亡くし、父親はアルコール依存症からようやく立ち直ったばかりという複雑な家庭環境にある。しかし、自宅近くにある荒れた邸宅で独居老人を助けたことで運命は一変する。納屋に隠された地下深くの通路を抜けた先に、月が2つ輝き、赤い罌粟の花が咲き乱れる王国があると聞かされるのだ。少年は老犬とともに異世界へと旅立つ。
犬は老人が飼っていた雌のジャーマンシェパードで、少年に懐いてはいたものの体調が思わしくない。地下から行ける王都には若返りが可能な日時計があるという。加齢が原因なら助かるかもしれない。それが少年の動機となる。だが、王都には異変が起こっていた。灰色病と〈夜影兵〉に襲われ都は無人化、かつての王族も排除され異形の〈飛翔殺手〉が支配している。
フェアリー・テイルとはお伽噺のことで、ジャンル一般を指す普通名詞である。キングはあえてそれを標題に据えながらも、冒頭の献辞をR・E・ハワード、E・R・バローズ、H・P・ラヴクラフトに捧げている。つまり、コナン的な偉丈夫→アメフトヒーローの高校生、エキゾチックな火星美女と戦争の世界→魔法に罹った女性とハンガー・ゲームの世界、クトゥルーの邪神→地下に潜む魔物という、キング流に変換されたお伽噺=ファンタジイにしている。現実世界との接地を忘れない著者らしいアレンジといえる。
他でも、オズのエメラルドの都、ジャックと豆の木、原典に近いグリム童話、ディズニーの人魚(アリエル)とコオロギ(ジミニー・クリケット)、三匹の子ぶた、ピーターパン、ブラッドベリ『何かが道をやってくる』、《ダーク・タワー》のガンスリンガーなど、さまざまな自己言及や引用に満ちている。こういう総集編的な作品は(執筆当時)75歳になったキングの、これまでの仕事に対するけじめ、あるいは記憶を再演する試みなのかもしれない。著者は“What could you write that would make you happy?”「誰もがふさぎこむコロナ禍のなかで、みんなを元気にするものを書いてみろ」(訳者あとがき)と考え本書を書いたという。その結果、たしかに物語はハッピーエンドを迎えるが、いくらか含みを持たせた終わり方になっているように思える。
- 『心霊電流』評者のレビュー