伴名練『百年文通』一迅社

イラスト:けーしん
デザイン:BALCOLONY.

 今週は電子書籍のみで刊行されている2冊をとりあげる。最初は伴名練がコミック百合姫の2021年1月号から12月号に連載した中編小説である(紙版は現時点ではないが、大森望編の2022年版年刊SF傑作選に収録されるらしい)。

 主人公は中学3年生、雑誌モデルの仕事で立ち寄った神戸の洋館で、古びた机の引き出しに手書きの手紙が残されていることに気がつく。それは自分より1歳年下の高等女学生が、100年も前の大正6年にしたためたものだった。しかも、引き出しを開け閉めするだけで、こちらが書いた手紙を送ることもできる。そうして、時間を越えた奇妙な文通がはじまるのだ。

 本書の冒頭に引用があることでも分かるが、この作品はジャック・フィニイ「愛の手紙」と同じ設定を使っている。フィニイは『ふりだしに戻る』や『時の旅人』など、多くのタイムトラベル小説を書いた。しかし、そこには物理的なタイムマシンは出てこない。深い思い(過去に対する強烈なノスタルジー)を寄せて念じれば、時を渡ることができるという考え方だ。

 この設定では、たとえ恋仲になっても2人は絶対に会えない。ただ悶々と葛藤するばかりなのだが、やがて100年前には現在と呼応する大事件が起こることが分かる。それを回避するため、2人はあらゆる手段に訴えて奮闘するのだ。もちろん「百合姫」連載なので、登場するのは女性ばかりである。2人が置かれているシチュエーションや、判明する史実はハードで幸運とはいいがたい。そこにライトな百合要素と現代的な時事風俗を絡め、明るく華やかに盛り上げる。伴名練がデビュー以来一貫して保つ巧さだろう。

樋口恭介『眼を開けたまま夢を見る』

 2冊目は、5月15日に出た17編を収める樋口恭介の初短編集である。短いものが多く、中編1作品相当の分量。自身のnoteやカクヨム、twitterなど、ネット関係の媒体に発表された作品(一部を除いて大半は削除されている)がまとめられている。奥付はなく、初出にも発表年は書かれていない(数年以内のものだろう)。私家版で電子書籍のみ。

 言語機能の契約失効に関する大切なお知らせ:というお知らせが人類に届く。物語の誕生:文が生まれ、白紙が生まれ、線が引かれ、名付けられ、意味を持って、こうしてあなたは最後の文に辿り着く。時間の中のホテル:暗闇の中で真四角の部屋の壁を押すと森が現われる。そこにホログラムの女が現われ・・・。字虫:字虫とは眼球に生息する微生物のことである。読書家の目の中にはよりたくさんの字虫がいる。円盤:毎日あいつがやってくる。円盤のせいなのだ。機械と遊び:JLB・パス・ゲームの伝説的な王者だったプレイヤー=京大教授が語ったこと。悪夫と悪妻:ソクラテスの妻は悪妻として知られるが、その逆の立場のソクラテスも悪夫だった。浴槽:夫婦が会話をしているが、どこかかみ合わない。そのあと風呂に入ると体が溶け出していく。ワクチン接種日:ドローンが町民たちを呼び集める。今日はワクチンの接種日なのだ。俺は殺人鬼だった:俺は30人くらいを殺した殺人鬼だった。しかしよく憶えてはいない。完全自殺マニュアルかと思ったら資本主義リアリズムだった:残業とパワハラに悩む俺のところに、ある日喪黒福造がやってきて自殺薬をくれた。国際道徳基準変動通知:日々、SNSで炎上案件となる話題の倫理基準が通知される。その変化の見逃しは致命的だった。ボルシェヴォの魔女:シベリア旅行に行ったとき、現地で良く知られているという話を聞いた。祖父の思い出:私の祖父はドストエフスキーが好きで長い話をした。工場:高校生のとき工場で段ボールを運ぶバイトをした。野球:小学生のころ自分によく似た友人がいた。スポーツが苦手だったのに、あるとき突然野球をすることになった。眼を開けたまま夢を見る:大学時代の先輩と夜に会うことになった/子供のころの大晦日、自治会の運営する深夜のカウントダウン祭りに参加した。

 円城塔的な「物語の誕生」、アイデアSF「字虫」「円盤」「ワクチンの接種日」「国際道徳規準変動通知」、観念的で読み応えのある「時間の中のホテル」「機械と遊び」、巻末の3作品は「意味がないことを書く」「小説でもなくエッセイでもない」と称したもので、自身の体験のような物語が途中で別のお話になったり、すべては嘘で事実はないとも書いている。

 それぞれ面白いのだが、全体としてはアイデアメモか創作ノートを俯瞰したような印象を受ける。(意図的にそうしたのだろうが)小説になる手前に留め置かれていて、読者から見て韜晦なものが多い。実験小説集だとしても、もう一工夫あった方が良いように思う。