藤井太洋『まるで渡り鳥のように』東京創元社

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 藤井太洋の『公正的戦闘規範』(2017)、『ハロー・ワールド』(2018)に続く第3短編集になる。著者は多くの中短編を書いているのだが(発表先が多岐にわたるためか)なかなか単行本としてまとまらなかった。今回収録の作品も、中国のオンラインイベントや米韓のアンソロジイ、電子書籍の書下ろしなど、日本の文芸作家がほとんどオファーされない(つながる人脈がない)媒体が多く、著者の活動の幅広さを再認識できる。

 ヴァンテアン(2015)バイオハックを得意とするMIT仕込みの技術者は、3Dプリントスタジオで奇妙なサラダコンピュータを開発する。
 従卒トム(2015)南北戦争のあと、屍兵技師のトムは、西郷隆盛の倒幕軍に雇われ遠く太平洋を渡る。だが、江戸湾要塞攻めを準備中の屍兵部隊に予期せぬ敵が現れる。
 おうむの夢と操り人形(2018)東京オリンピックが終わり、廃棄されたロボットの再利用方法を考えていたITと企業サポートの専門家は、意外な組み合わせを思いつく。
 まるで渡り鳥のように(2020)*22世紀、直径85キロもある中国の宇宙島で、主人公は春節帰省する宇宙船の群れを見ながら渡り鳥の研究を続ける。
 晴れあがる銀河(2020)帝国が成立し次第に窮屈になる日常の中、新たな銀河航路図を作成しようとする主人公たちの苦悩(『銀河英雄伝説』のトリビュート作品)。
 距離の嘘(2020)苛烈型の麻疹が、カザフスタン共和国にある難民キャンプで流行している。主人公は支援のため70万人が住むキャンプに赴いた。
 羽を震わせて言おう、ハロー!(2021)*2034年、種子島から離昇した系外惑星探査機は、ロス128bを目指して恒星間を飛行する。250年後、呼びかける声が聞こえた。
 海を流れる川の先(2021)奄美大島に薩摩の大船団が侵攻する中、阻止のため漕ぎ出そうとする1人の青年の丸木舟に、薩摩の僧と称する男が同乘しようとする。
 落下の果てに(2022)*木星有人観測船を重大事故から救った作業員が治療を受けている。しかし、男は意識があるものの呼びかけに一切反応しない。
 読書家アリス(2023)SF専門雑誌の編集者はAIツールを使って作品を捜す。人間が書いたものを選び出せるのは〈読書家アリス〉だけだった。
 祖母の龍(2024)*軌道作業ステーションで、Xクラスの太陽フレア発生の警報が出る。緊急に作業員覚醒の作業が行われるが、そこで出会ったのは。
*:オンラインイベント科幻春晩に書下ろされたもの

 本書の帯には「技術は人類(われら)を自由にする」とある。つまり、宮内悠介と同じくテクノロジー小説といえるが、受け取る印象はずいぶん違う。同じようにスタートアップ起業家を描いても、宮内の作品はどこか悲哀を感じさせ、対照的に藤井作品では、悲劇であってもまだこれからという高揚感が漂う。AIによる編集者や作家の変貌を描く「読書家アリス」などはその典型だろう。作家業を脅かす生成AI、LLMも(それがよりよいものを産み出すのなら)忌避するのではなく使いこなすべし、と説く。

 「従卒トム」の登場人物(サムライ)はちょっと出来過ぎながら、この組み合わせの巧さには感心する。「距離の嘘」も難民キャンプをまったく異なるものに見せてくれる。「ヴァンテアン」を含めて、現代的な切口のアイデア小説群だろう。

 科幻春晩に掲載された4つの短編は、どれも著者としては珍しい宇宙ものだ。宇宙ステーション、孤独な恒星間宇宙機、太陽フレアが吹きすさぶ宇宙空間、最後の「祖母の龍」などはフレアを龍に見立てたダイナミックな作品である。ショートフィルム(「オービタル・クリスマス」のような)に誰かしてくれないかと思わせる、とてもビジュアルな一編だ。