

カバー写真:中村則
カバーデザイン:金子哲郎
本書はとても不思議な本だ(もっとも「本の雑誌」の読者からすればふつうなのかも)。13万冊の蔵書を誇る日下三蔵が、3年かけてその4分の1を処分するドキュメントである。だが、埋もれた稀覯本(主に戦前戦後のミステリ)の発掘とか著者の急病とか以外、ひたすら同じ描写(本の荷詰め、移動、選別、棚入れ)が繰り返される。文筆家の日記にはならず、修行僧の日報のような極めてストイックな中味なのだ。2008年、15年の編集部による前日譚と当事者日下三蔵の連載(本の雑誌2021年11月~24年11月号)を含む『断捨離血風録』、古本系ジャーナリスト小山力也『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』の2つの視点から成る。
著者は本を何冊持っているのかさえ把握できていなかった(21年には7から8万冊と称していた)。毎月100冊以上の本を買い(既読未読は関係なく)背丈を超えるほど周りに積み上げていく。結果として寝場所はなくなり、立ち入ることができない部屋や、通れない廊下など生活に支障を来すようになる。仕事部屋だけではない。両親と暮らす自宅の1階部分全体、書庫専用の2LDKのマンション、庭の物置などすべてがそんな状態となっていた。そこで書肆盛林堂の小野店主と、関係者だった小山力也の協力を得て、すべての本をデフラグ(作業空間が必須なのでアパートを借りる)し増設した大量の書棚(カラーボックス250個弱)を組み立てて収容、選別した不要本は古書店へ売却するサイクルが始まる。
コレクターといってもさまざまである。書架ありきの(棚を埋めるために買う)水鏡子のような人もいれば、(入る棚がないので)ひたすら平積みする人もいる。しかし複数の山が重なるまでの平積みをすると、底に積まれた本は二度と(あるいは一度も)読まれることなく埋もれてしまう。日下三蔵のように書誌に関する記憶力が完璧な天才でも、肝心の本がどこにあるかが分からなければ(再購入という手段はあるものの)活用は不可能なのだ。
この断捨離は、マンガや同人誌(最初のコミケ以来の膨大なもの)の一部、ダブった本(多数)、仕事で使うことはないと判断した稀覯本類など、累計2万5千冊を処分することで目的が達成される。(写真で見る限り)ゴミ屋敷同然だった魔窟が昭和の古書店並みに改善している。あと、本書の意図とは違ってくるだろうが、断片的に語られる著者自身の考え方、なぜミステリを集めアニメ主題歌を集めるのかなど、自叙伝的な部分をもうちょっと読んでみたかった。
- 『匣(はこ)』評者のフィクション