
装幀:川名潤
一昨年に翻訳された『無限病院』に始まる《医院》3部作の第2部である。前作は巨大な病院内部をさまようお話だったが、本書の舞台はどことも知れぬ海に浮かぶ病院船に移る。
気がつくと老人になっていた。病室のある大部屋に戻ると、見知らぬ老人たちがいるばかり。老人病棟にはボスが君臨し、独自のルールに従わなければリンチに見舞われる。主人公はここが巨大な病院船と知るのだが、それまでの記憶は一切失われていた。デッキからは真紅の海を進む病院船の艦隊が見える。
本書も前作と同様3つのパートに分かれている。詳細は本文を読んでいただくとして、キーワードを抜き出すと、海と檻(本来の意味とは全く違う「医療ツーリズム」とVIP病棟、阿房宮を思わせる最上階のレジャーランド、目につく放置された死体、民間療法を称揚する〈患者自立委員会〉、病棟から追放された医師たち、医薬品を横流しする〈影の病院〉、船を支配するAI「司命(シーミン)」と治療アルゴリズム、その聖典『病院工学の原理』、なぜか空っぽの鳥の檻、主人公を治療したとされるスーパー医師、そして患者にも医師にも女性はいないという不思議さ)、死とアート(死は生の転換とうそぶかれ、患者の詩人とAIの詩文とが競い合い、言及される『ブラック・ジャック』、遥かな高みへと続く天空への階段、祭壇のような巨大火葬場、船を脅かす海の妖怪、ストーリーテリングの原理に基づくナラティヴ移植セラピー)、戦争と平和(医師たちの代表が選ばれる悪魔祓い会議、その後にはなぜかバラエティショーが始まり、驚くべき計画が提示され、「敵」との戦いが起こり、隠されていたリアルな歴史が明らかにされ、宮崎アニメ『紅の豚』『風立ちぬ』が重要な役目を果たし、悪魔のウィルスの脅威が唱えられ、AIの朦朧詩、宇宙桃源郷、観世音菩薩の頌歌が披露される)。という、なんとも混沌としたエピソードが横溢している。
英訳者による解説でマイケル・ベリーは、AI「司命」は習近平の象徴など、前作同様本書の政治風刺的な一面を強調している。アメリカでは、そうした解釈の方が受け入れやすいのだろう。ただ、本書全体の中でみると、政治は背景の一部でしかない。AIの進化が(書かれた9年前、英訳された3年前と比べて)、独裁者どころか超人間にまで至りつつある現実を見ても、著者の理解/予見がもっと深かったことが分かる。さらに相互に矛盾し合う改変歴史や、キリスト教や仏教などの大胆な描かれ方など、スラップスティックな騒動が立て続けに描かれる。前作が「鬱」だとすると、本書は「躁」を象徴する作品といえる。
- 『紅色海洋』評者のレビュー