ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー『フライデー・ブラック』駒草出版

Black,2018(押野素子訳)

写真:松岡一哲
装幀:佐々木暁

 著者は1991年生まれのアメリカ作家、両親はガーナ移民だったという。本書はデビュー短編集なのだが、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに挙がるなど高評価を得た。

 「フィンケルスティーン5」黒人の子供5人をチェーンソーで殺した白人男が無罪になる。そのあとに、黒人による無差別な復讐がはじまる。「母の言葉」貧しかった時代に、母がよく口にした言葉とは。「旧時代<ジ・エラ>」長期/短期大戦を経た社会では、誰もが本音でしかしゃべらなくなる。「ラーク・ストリート」彼女が堕胎ピルを呑むと、双子の胎児が彼の前に現れて罵りだす。「病院にて」異形の神と取引した作家志望の男が、人で溢れる病院に父親を連れていく。「ジマー・ランド」そのテーマパークは、プレイヤーが役者を撃ち殺すアトラクションを売り物にしている。「フライデー・ブラック」ブラック・フライデーの当日、モールには狂人化したお客が殺到する。「ライオンと蜘蛛」父が行方不明になった。主人公は過酷な荷下ろしのバイトに就くが。「ライト・スピッター──光を吐く者」友人のいない大学生が、銃で見知らぬ女子学生を撃って自殺する。しかし、そのまま二人は霊体へと変化する。「アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」」モールの販売主任がお客に弄する売上の極意。「小売業界で生きる秘訣」わずかにできるスペイン語を頼りに、ヒスパニックの女性と会話する女性店員。「閃光を越えて」核戦争が起こり人々は時間ループに閉じ込められる。しかも記憶は消えず蓄積されるのだ。

 冒頭の作品では、陪審員裁判での人種差別を根底に置きながら、際限のない暴力へと落ちると見せてわずかな希望を残す。その他にも、所得/医療格差、ポリティカル・コレクトネス、銃社会、移民問題などアメリカの現実が鏤められている。とはいえ、それらは背景であって、まずは特異な奇想小説として楽しむべきだろう。自由に本音が語られたらどうなるか、いくらでも人が撃てたら楽しいのか、バーゲンに殺到する人々がゾンビだったら、地獄のような時間ループに巻き込まれたら、などなどである。

 『十二月の十日』などで知られるベストセラー作家ジョージ・ソーンダーズが、大学院創作研究科での恩師だったという。著者にはソーンダーズほどの職業経験はないと思われるが、モールの販売員を主人公にした話には、恩師の影響があるのかもしれない。SF的な奇想小説が多いのは、近年紹介される短編作家に共通する特徴だろう。

ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード 』東宣出版

装画:中村幸子
装幀:塙浩孝

The Ballad of Black Tom,2016(藤井光訳)

 著者は1972年生まれ、母親がウガンダ出身なのでアフリカ系アメリカ人作家である。コーネル大学、コロンビア大学大学院で学び作家を志すのだが、文学の中にホラー要素を紛れ込ませるという作風をとる。作品数は多くないが、世界幻想文学大賞、ブラム・ストーカー賞を受賞するなど高評価を得ている。本書は2017年のシャーリー・ジャクソン賞(ノヴェラ部門)、英国幻想文学大賞(同部門)受賞作。

 1924年、ニューヨークのハーレムに住む主人公は、ギター弾きの真似事をしながら怪しげな取り引きで生きていた。ある日、ブルックリンの金持ち白人から思いもしない大金を提示され、自宅のパーティで演奏するよう依頼を受ける。金持ちの周辺には、粗暴な探偵や独自の調査をする刑事が出没する。邸宅は近隣の住人からも恐れられているようだった。彼はその中で、恐るべき光景を目撃する。

 本書(中編小説)にはベースとなった小説がある。ラヴクラフト「レッド・フックの恐怖」(1925)である。訳者解説にあるように「レッド・フック」はクトゥルーものではないが、ある種の黒魔術もの。刑事マロウン、金持ちの隠者ロバート・サイダム、レッド・フックにある邪教の巣窟などが本書と共通する。ラヴクラフトは一時期ニューヨークのレッド・フック地区に住み、その周辺に集まる外国からの移民の姿を見ていた。不遇だった境遇のせいもあるが、十把一絡げの黒人や、イタリア人、クルド人(邪教の徒)などへの嫌悪感は今日的には物議をかもす。

 世界幻想文学大賞のトロフィーは、1975年以来ラヴクラフトの胸像だった。しかし、作品を含む人種差別的な姿勢が問題となり、2017年に別のデザインに変更された。ただ著者は、少年時代にキング、シャーリイ・ジャクスン、クライヴ・バーカーと並んでラヴクラフトを偏愛していたのである。真相がわかった後も、愛憎交錯する中で単純に排斥したりはせず、自分なりにラヴクラフトを語り直そうとする。本書には、黒人の主人公が登場する。ハーレムとブルックリンのように、黒人と白人の居住地が明確に分離された、20世紀初頭のニューヨークはある意味生々しい。そこにラップ由来の「至上のアルファベット」を交え、邪教も外国の宗教ではなく深海底の〈眠れる王〉を崇めるものとして描き出す。

 世界共通のパブリックドメインともいえるラヴクラフト/クトゥルーは、単純に扱ってももはや新味や恐怖感などは得られない。古い価値観も時代にはそぐわなくなった。とはいえ、こういった形でのリニューアルならば、21世紀のラヴクラフトとして支持されるだろう。