キム・イファン『おふとんの外は危険』竹書房/イ・ユリ『ウェハース君』晶文社

이불 밖은 위험해,2021(関谷敦子訳)
 イラストレーション:ハラケイスケ/デザイン:坂野公一(well design)
웨하스 소년,2024(渡辺麻土香訳)
 装画:瓜生太郎/装丁:脇田あすか

 キム・イファンは、2004年から長編を主体に書いてきた韓国作家で、多くの受賞歴があるが(単著での)短編集は本書が初になる。ブラッドベリの『火星年代記』に惹かれて書きはじめ、ハインラインやゼラズニイ、ローリングや村上春樹らを好むという。

 おふとんの外は危険:外は危険とふとんが言いだし、周りの家具や道具たちもしゃべり始めた。Siriとの火曜日:AppleのAI人型ロボットSiriがやってくる。公開データだけで、自分たちの秘密が見透かされてしまう。バナナの皮:夜中に開くコーヒー店には変わった店主がいる。店主は最後にプレゼントをくれる。#超人は今(長編の原型短編):テロ事件の目撃者をさがし、インタビューを続ける追跡者。事件は超人の働きで解決したのだが。運のいい男:気分が冴えない主人公に、見知らぬ誰もがなぜか同情しておごってくれる。セックスのないポルノ:交互に続く、セックスに興味が湧かない無性愛者の夫婦とSM愛好者2人の会話。魔導書:暴れるドラゴンを退治する無敵の騎士、しかし勇者を悩ます夢があった。万物の理論:科学者がマクドナルドで宇宙終末がいつかを計算する。スパゲティ小説:面白い話をしないと死ぬ集まりに紛れ込んだ小説家。君の変身:人体がいつでも改変できる社会では、恋人は外観や性別さえ自由に変える。天国にもチョコレートはあるのか:死を予感したヨハネは別れの前にチョコレートを訪問者に振る舞う。透明ネコは最高だった:透明ネコはなんでもしてくれる。家事や食事、お金の用意まで。

 韓国の他の作家とも共通するが、発表媒体がWeb中心のためなのかあまり長くはない。掌編から中編の手前くらいの分量なので、負担なく読めて後味もすっきりしている。といっても、中で描かれる世界には重みがあり、現代的な社会問題が織り込まれていたりする。キム・イファンの作風は結構ソリッドで、たとえば「スパゲティ小説」では魔法の謎解きをミステリタッチで解き明かす。この理詰めさが特長だろう。多くのアイデアは過去のSFでも見られたものだが、それをオチの一歩手前の小道具として扱うのが今風だ。

 イ・ユリは2020年にデビューした若手作家。昨年9月に邦訳が出た初短編集『ブロッコリーパンチ』(2021)は韓国でベストセラー、日本でも話題になった。ミステリの愛好家のようだが、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』などの名前も挙げている。

 ガーデニングの楽しみ:私は惑星栽培が趣味だ。店主に勧められて固体型惑星の地球を買った。リプレイする日:人生で一度だけリプレイする日を設定することができる。私の場合は中学生の一日だった。五分間:ウィルス汚染が広まった社会、保護メガネをせず目が開けられるのは5分間だけ。トゥデイズムード:毎朝届く箱に浸れば、平凡な一日でも華やいだムードに変わる。ウエハース君:幼児のころは天使のように飛べた男も、大人になると羽根はもはや邪魔なだけだった。思い出を紡ぐ:私は冬になると、古びた機械で思いを込めた糸を紡ぎ出す。ジュエリーモスキート:宝石のようにきらめく蚊には、血と同時に吸い取る大切なものがある。キノコの国で:10年を共に過ごしたパートナーが、白く発光するキノコになってから10日が過ぎた。一方、別の宇宙では:異次元ドアの向こうに行くと、その人が選んだかもしれない別の人生が確認できる。三頭猫:3つの頭を持つ三頭猫には素晴らしい洞察力がある。アナザーストーリー:私の部屋に私がやってくる。もう一つの人生を送った私だ。ハッピーペンダント:そのペンダントは1日のハッピーな瞬間を記録する。フジツボ:海岸で怪我をした友人の様子がおかしくなった。新年の誓い:向かい同士の売り場にいるデパート勤務の2人が、次々と披露する奇妙なエピソードの数々。

 SF好きという記述はないが(生まれたときからのSFネイティヴ世代ではある)、本書にはSF的な奇想アイデアがたくさん詰め込まれている。惑星を育てたり、人生をリプレイしたり、パンデミック下の理不尽、翼を持つ男の悲哀、感情を織り込む糸、記憶の抽出、人間をキノコに変え、並行世界を行き来したりする。キム・イファンで書いたようにアイデア自体は既出だが、これらがネタではなく主人公(多くは一人称)の心理を反映するツールの一つになっている。SFの彩りをまとった現代の綺譚集と言ったところか。

 

キム・チョヨプ『惑星語書店』早川書房

행성어 서점,2021(カン・バンファ訳)

装画:カシワイ
装幀:albireo

 キム・チョヨプによる14編から成る掌編集。平均すれば1作あたり10頁足らずだが、20頁の短編も含まれる。全体は「互いに触れないよう/気をつけながら」と「ほかの生き方も/あることを」の2つの章に分かれている。他者を尊重しそれぞれのありようを認め合おう、という著者の考えを反映しているようだ。

互いに触れないよう
気をつけながら

 サボテンを抱く:いかなるものにも触れられない主の家には、なぜかいっぱいのサボテンがある。#cyborg_positive:アイボーグ社からのオファーに悩み抜く主人公。メロン売りとバイオリン弾き:市場の入り口に立つのに、誰の注意も引かないメロン売り。デイジーとおかしな機械:デイジーとの会話は機械を介して行われる。惑星語書店:その書店の本はすべて惑星固有の言語で書かれている。願いコレクター:2030年への「願い」をいっぱいに集めた部屋。切ないラブソングはそれぐらいに:音楽のバラードはなぜ20年ごとに流行るのか。とらえられない風景:その惑星の風景はカメラに正常に写すことができない。
ほかの生き方も
あることを

 沼地の少年:沼地に棲むわたしたちのところに瀕死の少年がやってくる。シモンをあとにしながら:旅行者は、シモンの誰もが仮面を付けている理由を教えられる。みんなのココ:3年の空白を経て目覚めるとココは世界中に広がっていた。汚染区域:派遣者も禁じられているほど危険な汚染地帯がある。外から来た居住者たち:寂れたサービスエリアにぽつんとある店には、超味覚者を名乗る店長がいた。最果ての向こうに:派遣者の調査報告書に断片的に残るメッセージの記録。

 「沼地の少年」「汚染地帯」(短編相当)「最果ての向こうに」には繋がりがあり、『派遣者たち』の枝編といえるもの。それ以外は独立した掌編になる。触覚が痛みに眼が人工のものになり、人の存在感とコミュニケーション、忘れられつつある言語、未来への希望、流行歌のサイクル、記録できない風景、超感覚者の孤独などが点景として描写される。軽快ではあるけれど、どこか人の心の深みも感じさせ、主人公たちに自然に共感できる著者らしい小品集だろう。

デュナ『カウンターウェイト』早川書房

평형추,2021(吉良佳奈江訳)

カバーイラスト:Rey.Hori
カバーデザイン:岩郷重力+S.I

 著者は1994年から活動を続ける韓国の作家、映画評論家。顔や経歴などを一切出さない覆面作家でもある。これまで短編の翻訳はあったが、本書は長編初紹介となる(最初から文庫SFで出る韓国作家としても初)。軌道エレベータを巡る巨大企業内の暗闘を描きながら、200ページ余(400枚)とコンパクトにまとまった作品だ。

 インドネシアに近い島国パトゥサンに、韓国のLKグループが軌道エレベータを建設する。主人公はグループ会社の対外業務部長だが、実際の仕事は事業の妨げとなる人物を排除する汚れ仕事だった。先住民のパトゥサン解放戦線が活動しているのだ。そんな中、目立たない経歴の一人の新入社員が気になる動きをする。

 カウンターウェイトとは、軌道エレベータの(地上側とは)反対に置かれたバランス錘のこと。エレベータ側のワイヤ重量を支えるため、それなりの質量を要する。本書では文字通りの意味と、暗喩が込められている。主役は実は軌道エレベータではなく(という点では、十三不塔『ラブ・アセンション』と同じ)、それを取り巻くLKグループのキーマンたちなのである。

 対外業務部は、同じ荒事が仕事の保安部と仲が悪い。逆に社外のセキュリティ会社とは相互依存の関係にある。そこに現会長や社長、研究所所長、故人となった会長やその娘が絡み、やがて過去の事件の真相が明らかになっていく。この時代(150年後?)では、社員は〈ワーム〉と呼ばれるナノボットを脳内に保持していて、業務の補助とセキュリティ保持に使っている(会社に操られている)。創業者一族の権力が強い韓国の財閥でのパワーゲームと、こういうガジェットの組み合わせが面白い。ソフトさが特徴だった既訳の韓国SFとはひと味違う、韓流エンタメドラマの雰囲気がある。

キム・チョヨプ『派遣者たち』早川書房

파견자들,2023(カン・バンファ訳)

装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室

 キム・チョヨプの『地球の果ての温室で』(2021)に続く第2長編にあたる。「人間が外惑星に行くのではなく、地球が外惑星に変わった話を書いてみよう」という発想で書かれた作品である。地下に逃れた人類と、異形の生き物が繁栄する地上とが対比的に描かれる。

 主人公は派遣者になることに憧れ養成アカデミーに通っている。派遣者とは、氾濫体に汚染された危険な地上に赴き、探査やデータの収集を行う重要な職務だった。この世界では人類は閉鎖された地下都市に住んでいる。氾濫体とはある種の菌類で、地上の動植物をすべて汚染しているのだ。人も感染すると死を招く錯乱状態になる。ただ、主人公は自分の頭の中に何かがいるという幻覚に悩まされていた。

 主人公には隠された過去があるらしい。記憶は断片的だった。派遣者だった教官に憧れ、教官も気にかけてくれるけれど、その理由も不確かなのだ。しかし、頭の中の誰かと意思疎通ができるようになってから、派遣者の目的や自身の出自、地上の実態など、すべてが明らかになっていく。

 氾濫体に覆われた地上は、腐海の森のような存在である。生命にあふれているが、人間には有害で立ち入るだけで危険が伴う。しかし、自然環境との融和を受け入れない人間の側にも問題があると示唆される。森林など自然の共生関係に関するテーマでは、池澤春菜「糸は赤い、糸は白い」が本書とよく似た発想で書かれている。

キム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』早川書房

방금 떠나온 세계,2021(カン・バンファ、ユン・ジュン訳)

装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室

 キム・チョヨプ3作目の翻訳書(連名では他にノンフィクション『サイボーグになる』や、アンソロジイ『最後のライオニ』などもある)。今年の初めに翻訳されたのが長編『地球の果ての温室で』だったので、短編集としては2冊目になる。

 最後のライオニ(2020)こちらを参照
 マリのダンス(2019)視覚的な刺激が断片化し像を結ばない異常を持つモーグ、その一人である少女がダンスを習いたいという。機材を使えば「見る」ことができるのだ。
 ローラ(2019)自分の体に余分なものがあると感じたり、あるいは何かが足りないと感じる身体不一致を訴える人々が現れる。ローラは後者だった。
 ブレスシャドー(2019)プレスシャドーでは呼気に含まれる匂いの粒子で会話をする。しかし、蘇生したプロトタイプの人類には相容れない方法だった。
 古の協約(2020)遠い昔に植民された惑星ベラータに、遠く地球からの探査船が到着する。だが、親しくなった乗組員は、古くから続く風習に干渉しようとする。
 認知空間(2019)共同体には認知空間と呼ばれる巨大な記憶施設がある。人々は自身の知覚と一体のものと見做している。ただ、身体的な制限から利用できない者もいた。
 キャビン方程式(2020)天才物理学者だった姉から、妹宛に奇妙な依頼が届く。おかしな噂がささやかれるデパート屋上の観覧車に乗れというのだ。

 SF専門誌今日のSFに載った「認知空間」以外はすべて文芸誌/一般向け掲載作だが、何れもSF小説になっている。視覚が別のものに変わり、体に不一致を感じ、匂いが言葉になる。さらに踏み込んで環境と寿命や、認知の拡張の意味、時間感覚の伸張までが語られる。ふつうの人(多数派)と感覚が異なる少数派または個人との、相互理解(その可能性)を描いた作品が多い。当然のことながら、これらは現代の身体的な障害や性自認に伴う差別にも関係するだろう。

 ただ、本書で描かれるのは単純な弱者と強者の関係ではない。場合によっては覚醒者と無自覚な守旧派のように逆転するし、治療や説得ができないことから思わぬ結果につながる。そういう意味で、現代の社会テーマが背景に透ける第1短編集よりも、さらに普遍化され重みを増した作品集といえる。

ケン・リュウ、藤井太洋ほか『七月七日』東京創元社

일곱 번째 달 일곱 번째 밤,2021(小西直子、古沢嘉通訳)

装画:日下明
装幀:長崎稜(next door design)

 今月には旧暦の七夕(8月22日)がくるので紹介する。本書の原典は、韓国Alma社で企画出版された韓国語のアンソロジイである。済州島の伝承を元にした韓国SF作家の7作品に、中国系作家2作品(どちらも原著は英語)と藤井太洋(日本語)をゲストとして加えたものだ。

 ではなぜ済州島なのか、なぜ中国や日本が関係するのか、そもそもなぜ七夕なのか。まず、済州島は12世紀まで独立国だった関係で、韓国本土と異なる独自の文化や伝承がある。海を介して大陸と近い関係で、中国文化の影響も大きかった。その点は、独立王国だった奄美や沖縄(琉球)などとも共通する。また、日本には織姫彦星の一般的な七夕伝説のほかに七夕の本地物語というものがあるが、これは済州島の伝承との関連が指摘されている。国際アンソロジイとした根拠はその辺りにもあるだろう。

 ケン・リュウ「七月七日」幼い妹に七夕のお話をしたあと、主人公はアメリカに留学する友と夜の街に出る。すると、カササギの群れが現れて2人を空へと導くのだ。
 レジーナ・カンユー・ワン(王侃瑜)「年の物語」眠りについてから久しい時間が流れたあと、怪物「年」は少年に召喚されて目覚めるが、街は見知らぬものとなっていた。
 ホン・ジウン「九十九の野獣が死んだら」銀河港のターミナルに野獣狩りのハンターがやってくる。老人と鋼鉄頭のコンビで、獲物を臭覚センサーを使って追跡するのだ。
 ナム・ユハ「巨人少女」済州島の高校生5人が宇宙船に拉致され、一見何事もなく戻ってくる。しかし、その体には異変が生じていた。急激に巨大化していくのだ。
 ナム・セオ「徐福が去った宇宙で」コレル星系の辺境で採鉱をしているコンビは、見知らぬ巨大な宇宙船と遭遇する。それは、チナイ星系から不老草を求めて飛来したという。
 藤井太洋「海を流れる川の先」サツ国の暴虐な兵が大軍で押し寄せてくる。しかし、備えを知らせようとする伝令舟に、サツ国の僧と称する男が同乗してくる。 
 クァク・ジェシク「……やっちまった!」済州島で開催される学会のあと、学会を主宰する先輩と共に島の最高峰漢拏山に登頂した主人公は不思議な体験をする。
 イ・ヨンイン「不毛の故郷」生命の豊かな惑星で、異星人は孤島の耽羅地区に保養地をもうけていたが、予想より早くそこに人間が到来した。
 ユン・ヨギョン「ソーシャル巫堂指数」ネット時代に対応するために、市民はICチップをインプラントされている。しかし、巫堂指数が高すぎる人間は異常者扱いされる。
 イ・ギョンヒ「紅真国大別相伝」翼を持って生まれたものは殺される。しかし神の造った子供は羽を密かに切り落とされ、生き残ることになる。

 明記はされていないが、ケン・リュウ以外は書下ろしか、本書が初出の作品だろう(日本初紹介作家も多数)。各作品には元となる伝承や歴史がある。七夕(中国)、架空の新年行事(中国)、九十九の谷の野獣伝説、巨人のおばあさんハルマンの伝説、徐福伝説、薩摩による琉球討伐(日本)、白鹿譚と山房山誕生の伝説、シャーマン神話、媽媽神(大別相)に関する伝説などなどだ。注記のないものはすべて済州島の伝承・伝説になる。

 ただし、それぞれの物語はずっと自由で、宇宙ものの「九十九の野獣が死んだら」「徐福が去った宇宙で」「不毛の故郷」、怪獣ものめいた「巨人少女」や、今風の近未来「ソーシャル巫堂指数」、主人公の孤独を軽妙に描く「……やっちまった!」など、ユーモアと哀感を込めて書かれたものが多い。巻末の「紅真国大別相伝」はファンタジーなのだが現代的な寓意が込められている。

キム・イファン/パク・エジン/パク・ハル/イ・ソヨン/チョン・ミョンソプ『蒸気駆動の男:朝鮮王朝スチームパンク年代記』早川書房

汽機人都老 기기인 도로,2021(吉良佳奈江訳)

カバーデザイン:川名潤

 もし、14世紀末からの李氏朝鮮の時代に蒸気機関がもたらされていたらどうなるか。本書はそれを共通設定として、5人の作家が短編を書き下ろしたアンソロジーである。大上段に構えた改変歴史ものではなく、登場人物にフォーカスするシェアードワールド(スチームパンク朝鮮年代記に基づく競作)的な要素を強く感じる内容だ。

 チョン・ミョンソプ「蒸気の獄」1544年、王(中宗)が亡くなり廟号を巡って宮廷内の保守派と改革派が対立する。改革派は蒸気の利用拡大を提唱する派閥だったが、25年前の蒸気の獄で粛清されたのだ。記録を記す史官の主人公は、その真相を探ろうとする。
 パク・エジン「君子の道」1537年、下級官吏の奴婢の子だった語り手は、宮廷の権臣が失脚するのに伴い運命が大きく変転する。しかし機工の腕を磨き、伝説の都老(トロ)と出会うことで驚くべき発明を成し遂げる。
 キム・イファン「朴氏夫人伝」1644年、主人公は伝奇叟(物語の語り売り)である。伝承を語るのが仕事で、創作したオリジナルの話をしてもあまり受けない。ある日都老と出会い、山中の鍛冶場に赴くよう勧められる。
 パク・ハル「魘魅蠱毒」1760年頃、獄死した呪術師は、蟲毒を隠し持っていたらしい。その流れ者の道士には子どもがいて、全く口をきかなかったが何かを伝えようとしているのだった。
 イ・ソヨン「知申事の蒸気」1799年、李祘(イ・サン)に仕える有能な部下、洪国栄(ホン・クギョン)は蒸気で動く汽機人である。記憶を持たない状態で発見され、現王と共に教育されたのだ。
 スチームパンク朝鮮年代表:1392年から1875年に至る仮想歴史年表。

 朝鮮王朝(李氏朝鮮)は1392年に高麗王朝に代わって成立、大韓帝国を経て大日本帝国に併合される1910年まで500年余り続いた朝鮮半島の統一王朝である。韓流歴史ドラマでもお馴染みながら、全貌までは知られていないだろう。その歴史では、守旧派改革派による内部抗争、中国の明や清王朝との軋轢、日本の秀吉による侵略、19世紀には欧米露日との駆け引きなど、さまざまな局面があった。本書の場合、最初期から都老と呼ばれる蒸気駆動の人間が見え隠れする。

 とはいえ、本書で描かれる世界は、従前からある西欧的/ヴィクトリア朝的なスチームパンクと全く異なっている。朝鮮王朝の史実を巧みに置き換え、背景に溶け込ませる手法をとる。複雑な宮廷内権力闘争を蒸気派と反蒸気派という視点で明確化し、暴力が横行する(人権のない)奴婢が解放の手段に蒸気機構を用い、あるいは汽機人=非人間に政治の冷徹さを重ねるなど、着眼点が一味違うのである。

 なお、このスチームパンク朝鮮年代記には、他にパク・エジンによる長編『명월비선가』(2022)もあるようだ。

キム・ボヨン『どれほど似ているか』河出書房新社

얼마나 닮았는가,2020(斎藤真理子訳)

装幀:青い装幀室
装画:Seyoung Kwon

 著者はチャン・ガンミョンと同じ1975年生まれの、韓国を代表するSF作家のひとりである。評者が3年前に『わたしたちが光の速さで進めないなら』を紹介した際に、

ジェンダーや人種・社会階層・民族差別、貧富の差、LGBTなどのマイノリティーへの共感など、社会問題が関わっている。アレゴリーというより、もっと直截的にメッセージを届ける道具としてSFが使われている

と書いたのだが、そういう韓国SFの原点となった作家が本書のキム・ボヨンなのだ。

 ママには超能力がある(2012):あなたは「超能力がない人なんて、この世にいない」と返してくる。わたしはあなたの実母ではないけれど、ふたりの話はかみ合わない。
 0と1の間(2009):タイムマシンなんてありえない。でも、受験戦争に明け暮れる子供の母親は、0と1の間の量子状態からタイムマシンを作ったと称する女と出会う。
 赤ずきんのお嬢さん(2017):スーパーに入ってきたお客を見て誰もが驚愕する。それだけではない。買い物を済ませ街を歩いても、タクシーに乗っても人だかりができる。
 静かな時代(2016):ふつうなら立候補もできなかった人物が大統領に当選する。マインドネットが要因だった。世論を誘導してきた認知言語学者は、その経緯を振り返る。
 ニエンの来る日(2018):家族に会うために、主人公はニエンが現れ騒々しい駅に赴いた。ここから出る列車は、堯舜時代の科学魔術師が創ったのだ。
 この世でいちばん速い人(2015):超人〈稲妻〉は、圧縮された時間の中で自在に動くことができる。現場で人命救助すると〈英雄〉になるが〈悪党〉とは紙一重だ。
 鍾路のログズギャラリー(2018):〈稲妻〉がテロ犯として悪党認定される。超人は社会的に差別を受ける。主人公は能力が分かっていない〈未定〉なのだった。
 歩く、止まる、戻っていく(2020):家族があちらこちらのタイル(時間)に散在する。時間は流れるものではない、広がるものなのだ。
 どれほど似ているか(2017)
:土星の衛星タイタンに救助に向かう宇宙船で、緊急用の人間型義体が覚醒する。しかし、目的としていた重要情報が欠落していた。
 同じ重さ(2012):農業日記に挟まれた主人公の独白。自分はあたり前なのか、そうではないのか。

 「ニエンの来る日」は、中国WEBジンでケン・リュウ「宇宙の春」と同じ号に載った、春節を扱った作品。「この世で一番速い人」「鍾路のログズギャラリー」はDCのフラッシュをイメージする、ちょっと哀しいヒーローもの。他の作品は、血のつながらない親と子、過酷な受験戦争、男女の格差、繰り返される政変と選挙、さらにはアスペルゲンガーと、最初に引用した「直截的にメッセージを届ける道具」を反映している。メッセージは強引ではないので、抵抗感なく腑に落ちる。

 冒頭で明らかになるのだが、表題作の中編「どれほど似ているか」はAIの一人称小説である。しかし、この「どれほど」は「どれほど(AIは人間と)似ているか」という意味ではないのだ。AIは肉体を得たことで、論理的ではない意識が目覚める。宇宙船内では救助の進め方について意見が分かれている。一部の乗組員は肉体を得たAIを拒否、船長とも対立する。いったい何を恐れているのか。やがて、AIと人間の間よりも、もっと深い谷が明らかになる。

キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』早川書房

지구 끝의 온실,2021(カン・バンファ訳)

装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室

 キム・チョヨプの初長編である。最初の短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、2年前に翻訳されている。本書は、ちょうどコロナによるパンデミックのさなか、ロックダウンされたソウルの作家用レジデンス(小説家のためのアーティスト・イン・レジデンス)で書かれたものという。

 既存秩序を崩壊させたダストの災禍が収束して半世紀が過ぎた。22世紀、主人公はダスト生態研究センターに勤める研究者だった。そこでは、生物絶滅を招いたダストの研究と、災禍で失われた花卉や作物の復活などを試みている。そんな中、廃墟となっている地域で、ツル植物モスバナの異常繁茂が問題となる。災禍直後に発生したモスバナには、主人公の子供時代を呼び覚ます思い出があった。

 どこからともなく世界に広がったダストは、動植物を問わず大半の生き物にとっては毒物だった。一部の選ばれた者だけがドームに逃れる。一方ダスト耐性を持つ人々は、ドーム外で限られた資源を奪い合って放浪する。独自のコロニーで生活する小集団もいた。やがてダストを分解するディスアセンブラが開発される。しかし、ダストの減少には隠れていた大きな秘密があった。

 物語では、ダストが蔓延する混迷期と、混乱後60年を経た復興期という2つの時代が描かれる。さまざまな登場人物たちが出てくる。復興期の主人公と研究所の先輩たち、混迷期のマレーシアにあったコロニーに住む姉妹、同じく閉ざされた温室で研究に没頭するサイボーグ学者とロボット整備の技術者。それぞれの関係は物語の展開につれ、しだいに明らかになっていく。世界を救ったのは国家でもなく、名のある科学者でもない。主人公は、苦難を経た先人たち(その何れもが女性であるのは、ジェンダー的な課題を暗喩する)の生き方に思いをはせるのだ。

ペ・ミョンフン『タワー』河出書房新社

타워,2009/2020(斎藤真理子訳)

装幀:森敬太(合同会社 飛ぶ教室)
作品:elements「STACK AND BIND, your thoughts unwind」
撮影:ただ(ゆかい)

 1978年生まれの韓国SF作家ペ・ミョンフンの代表作。2009年に書かれ、長らく絶版状態だったが2020年に全面改訂版が出た。本書はその最新版を底本としている。674階建て(高さは2キロを超え、各フロアも数百メートル幅)の超高層ビルであり国家でもある「ビーンスターク」(「ジャックと豆の木」に出てくる天に届く豆の木)を舞台とした連作短編集である。

 東方の三博士――犬入りバージョン:タワーは階層社会である。縦方向は輸送力の限られるエレベータしか移動手段がないからだ。そこでの権力構造を明らかにするため、研究所の3人の博士がある方法で社会実験を行う。
 自然礼賛:作家Kは政治批判をやめ、自然礼賛ばかりを主張するようになる。だが、作家はタワーの外に出たことがない。あるとき、遠隔ロボット付きのリゾートという奇妙な贈り物をもらう。
 タクラマカン配達事故:ビーンスタークの市民になるため、民間警備(軍事)会社のパイロットとなった元恋人が砂漠で行方不明になる。政府は関与を否定し捜索に乗り気ではない。どうすれば広大な砂漠で墜落機を見つけ出せるのか。
 エレベーター機動演習:交通公務員は、あり得ない想定の演習で無理難題の解決に苦しんでいた。エレベータを制御して、いかに短時間で軍隊を目的地に展開するかを訓練するのだ。しかし、演習中に爆弾テロ事件が発生したことで事態は大きく変わってしまう。
 広場の阿弥陀仏:タワーの騎馬隊に入隊した義兄は、なぜか象の担当にされてしまう。象を使ってデモ隊の鎮圧に乗り出すのだという。騙されているんじゃないの、と義妹は心配するが。
 シャリーアにかなうもの:情報局は不穏な情報を察知する。テロ組織がタワーを狙ってICBMを打ち込もうとしているらしい。ビーンスタークはその組織に対し死傷者を伴う攻撃を仕掛けてきたから、報復される危険性はあった。
付録
 作家Kの「熊神の午後」より:「自然礼賛」に出てくる作家Kが書いた作中作。温暖化する氷原に棲む白熊の困惑を描く。
 カフェ・ビーンス・トーキング:タワーでは口コミが大衆を誘導する。水平派の動向を探るため、520階のカフェに潜入した研究員の話。
 内面表出演技にたけた俳優Pのいかれたインタビュー:人間のタレントより多く稼ぐ犬の俳優が、その成功の秘訣を語るインタビュー記事。

 タワーがどこにあるのかは書かれていない。50万人の人口があり、厳格な入管と軍隊組織の警備室を備えた事実上の都市国家である。現代社会のデフォルメでもあり、直截的な政治批判はあまり感じないが、もちろん無関係ではない。

 今はだいぶ廃れたとはいえ、東アジアに旧来からある贈答文化は、良くいえばコミュニケーションツール悪くいえば賄賂=収賄の温床である(「東方の三博士」)。タワーは法の支配で成り立つが、法を厳密に適用すれば誰でも検挙されうる。執行は恣意的なのだ(「自然礼賛」)。タワー社会にはエレベータを支配する垂直派と、各階の水平方向を支配する水平派がいる。垂直派はインフラを持っていて強力だが人数的には少数だ。そこに対立の芽が生じる(「エレベーター機動演習」「カフェ・ビーンス・トーキング」)。こういう、文化や社会(政治的な)パワーゲームに対する批評も大きなファクターとして入っている。政治への関心が薄い日本では見当たらないタイプのSFだろう。風刺/諧謔/アイロニーのバランスが良く、重すぎず軽すぎず軽快に読めて楽しめる。