李開腹・陳楸帆『AI 2041:人工知能が変える20年後の未来』文藝春秋

AI 2041:Ten Visions for Our Future,2021(中原尚哉訳)

装丁:関口聖司 、(C)shunli Zhao/gettyimages

 この表紙でこの帯なので、ほとんどの人はよくあるAI解説書、一般向けノンフィクションの類とみなすだろう。ところが、本書は『荒潮』を書いた陳楸帆の書下ろし中短編集でもあるのだ。中原尚哉という、SFに精通した翻訳者を充てたところも注目点。どの作品も今から20年後(原著は2021年刊)の2041年、AIが浸透した社会の中で、世界のさまざまな人々が生き方を模索する物語である。

 未来1:恋占い(インド)AI恋占いに熱心な主人公は、母親が家族情報を全提供する深層学習型保険に加入したことを知る。助言サービスは有益と思えたが。
 未来2:仮面の神(ナイジェリア)才能ある若手映像作家に、センサーをかいくぐるフェイク動画を作成するよう依頼が来る。その真の目的は何なのか。
 未来3:金雀と銀雀(韓国)養育院で育つ双子の兄弟は性格が全く違っていた。パートナーとなるAIも別々だ。二人は裕福な家とトランスジェンダーの家庭の養子となる。
 未来4:コンタクトレス・ラブ(中国)何度も繰り返すCOVID禍のトラウマで、主人公は部屋に引きこもってしまう。しかし、ブラジルに住む恋人はリアルの面会を求める。
 未来5:アイドル召喚(日本)アイドル一筋だった主人公に、そのアイドル絡みのプロジェクトから誘いがかかる。それはXRを使ったある種の謎解きだった。
 未来6:ゴーストドライバー(スリランカ)VRレースのチャンピオンだった少年は、精巧に作られたシミュレータでのゲームにスカウトされる。
 未来7:人類抹殺計画(アイスランドから世界各地)莫大なリソースを喰う量子コンピュータを使ったクラッキングが発生、それは世界を巻き込む騒乱の引き金だった。
 未来8:大転職時代(アメリカ)あらゆる仕事がAIに置き換えられていく中、転職支援サービスに勤める主人公は、信じられない成功率を約束するライバル会社と対峙する。
 未来9:幸福島(カタール)個人の嗜好をAIがすべて実現してくれる夢の島は、集められたエリートたちの満足にはなぜか結びつかない。
 未来10:豊穣の夢(オーストラリア)かつて名をはせた海洋生物学者も、今では保養施設に住む偏屈な老人に過ぎない。主人公は看護師として働く中、お互いの過去を知る。

 多数のAI関連用語が平明に説明されている。深層学習、ビッグデータ、コンピュータビジョン、ディープフェイク、GAN、GPT-3、AGI、アルファフォールド、VR/AR/MR、BCI、自動運転、トロッコ問題、量子コンピュータ、ビットコイン、AIで失われる仕事、ベーシックインカム、GDPR、信頼実行環境、シンギュラリティなどなど。

 最後の作品は、すべての国民を賄うだけの電力と食料が満たされた社会を描く。旧来の貨幣経済は意味を失い、新たな価値への転換を余儀なくされる。そこでは人々が生きていくうえで、何を目的にすべきかが問いかけられるのだ。

 惹句に「SFプロトタイピング(SFをプロトタイプにしてイノベーションを生み出すこと)の最高傑作」とあるが、本書はむしろ逆で、誤解の蔓延したAIの正しい意味を、読みやすいSFの形で物語化したものといえるだろう。

 専門家がノンフィクション内に置く物語は、(便宜上小説のスタイルをとっているだけなので)書割的で共感できないものが多い。一方、プロの作家だけで書くと、今度は自由すぎる作品になりがちだ(それはそれで面白くはあるのだが)。その点、本書は編著者と作家が綿密にコミュニケーションを取り、かつ作家もテクノロジーに精通しているため齟齬はほとんど見られない。お題があらかじめ定められた大喜利的な作品ではあるものの、どれも読みごたえ十分な小説になっている。

 本書はAIに関し(考えられうる)テーマを網羅している。その技術的な利点と限界、社会的な影響力と課題についても明記されている。プライバシー侵害や全体主義の恐怖を煽るものでもない代わりに、バラ色の未来にも多くの制約があることが分かる。ここで重要なのは、過度に悲観的になったり未来の可能性を摘むのではなく、難題を克服しながらいかにより良い明日へと繋げるかだ。SF作家が好むディストピア/アンチユートピアは避け、あえてポジティブな未来を描いたと陳楸帆もまえがきで述べている。

 本書の技術解説部分(各作品の末尾に置かれている)は李開腹により英語で書かれた。小説部分は、もともと陳楸帆により中国語で書かれ、翻訳チームで英訳されたものだ。日本語訳もその英訳版に依る。

柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』早川書房

カバーデザイン:早川書房デザイン室
カバーイラスト:MITSUME

 6編を収める著者の最新作品集。『アメリカン・ブッダ』に続く2年ぶり、2冊目の短編集となる。主にSFマガジンに掲載されたものだが、表題作(中編)のみ書下ろしである。

 オンライン福男(2021)コロナ禍でバーチャル空間に移った十日戎の行事は、いつしか独自の発展を遂げて伝説を作るまでになった。
 クランツマンの秘仏(2020)公開不可の絶対秘仏の正体を解明しようとするクランツマンの執念は、信じがたい奇妙な現象と関係していた。
 絶滅の作法(2022)地球の生物が絶滅した後、異星の知的生物が、再現されたコピー東京の情報移民として日常生活を営んでいる。
 火星環境下における宗教性原虫の適応と分布(2021)地球には4000種にも上る宗教性原虫が存在する。火星ではどうか、そのライフサイクルや進化史を概説していく。
 姫日記(2018)美少女ばかりの電脳戦国時代に降り立った軍師は、眼鏡っ娘の毛利元就を天下人にすべく、リセットを多用しながらも奮闘する。
 走馬灯のセトリは考えておいて(書下ろし)死者をデジタルで甦らせるライフキャスターが、余命僅かの老婆から、かつて自分が演じたバーチャルアイドルを復活させたいという依頼を受ける。

 まず「異常論文」が2作。「クランツマンの秘仏」は、三重県の秘仏に執着するスウェーデン人と、“信仰の重さ”が組み合わさるノンフィクション風。「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」は、火星に生息する原虫と宗教(主にキリスト教)との関係を、より論文調(生物学というより文化人類学風)に描き出す。後者はアンソロジイ『異常論文』に収録されたもの。

 他の作品もひと工夫があり、「絶滅の作法」はリアルはロボットで、中の人は情報だけの存在だし、「オンライン福男」や「姫日記」はVR(あるいはゲーム)空間で起こった事件を外から描くルポ風である。どちらも視点を1歩後ろに引いた物語(明らかにフィクションなのに、ノンフィクションを装う)なのだ。より客観的で理屈をつけやすいが、反面登場人物への共感を阻むスタイルともいえる。

 しかし、同じ題材を扱いながら、表題作は登場人物の内面に踏み込んでいる。この作品は“推し活”の物語でもある。届木ウカは、

アイドルを推すことは生身の人間を偶像化することであり、生きた人間の一側面を誇張して神格化するということは仮想的な他殺といえます。

と、宗教性すら帯びたその意味を解説する。ポジティブで明るいバーチャルアイドル(偶像化)と、人間的な苦悩を抱える中の人(人格的に殺された存在)との対比が、“引く”のではなくむしろ“押し”で描かれている。著者の新境地なのかもしれない。

 ところで、表題は走馬灯の(ように記憶が駆け巡る臨終のとき)セトリ(=セットリスト、流す曲の順番)は考えておいてほしい、という意味でしょう(意味不明との感想を散見するので)。

西式豊『そして、よみがえる世界。』早川書房

装画:大宮いお
装幀:坂野公一(welle design)

 本年の第12回アガサ・クリスティー賞で大賞を受賞した作品。毎回言っていることだが、SFでエンタメを狙うのなら間口が広いアガサ賞だろう。清水ミステリマガジン編集長の言い分にあるように、犯人捜しを含むミステリではあるのだろうが、いわゆる特殊(設定)ミステリは奇想小説やSFの一端として読めるものが多い。そういう意味で、本書がSFを謳っても違和感はない。選考委員の講評は以下の通りだった。

特に、ラストの展開が素晴らしい。(中略)仮想現実でまた戦いが始まるのだが、それが予想とは違った形になるのが秀逸。

北上次郎

ポストヒューマニズムものとしても迫力満点の一作でした。(中略)序盤に出てくる仮想空間でのバトルゲーム・シーンから引き込まれ、一気に読みました。

鴻巣友季子

導入部の説明パートはややもたつくが、中盤のホラー展開から理詰めの謎解きに転じると目から鱗のたとえ通り、手の込んだ設定がいっぺんに腑に落ちる。

法月綸太郎

「SFなのか?」と思われるかもしれないが、解かれるべき事件と謎はきちんと書かれていて、ミステリとして成立している。

清水直樹(編集部)

 2036年、仮想空間Vバースには精緻に作られた〈はじまりの街〉がある。どこかの田舎町を思わせる日常的な光景だった。そこでは夕方になると、誰とも知らない女性の歌声が聞こえてくるのだ。他にも〈アスリートゾーン〉があり、高度な反射神経を競うバトルが行われている。その競技では、テレパスと呼ばれる脳内インプラントを埋め込んだ者ほど有利になる。テレパスの多くは身体に障害を持つものだった。

 主人公は脳神経外科の優秀な医師だが、脊髄損傷による四肢麻痺によりキャリアを失う。この時代では、テレパスによるリモート手術も可能だった。しかし新たな仕事は簡単には見つからない。そんな中、かつての恩師から意外な誘いを受ける。Vバースの創業元でもある大手企業が管理する病院で、記憶と視覚を失った少女の手術を担当しないかというのだ。

 本書はかなり複雑な謎を提示している。少女はなぜ全記憶喪失となったのか、院内の限られた患者たちはどういう関係なのか、病院を運営する7人の幹部(セブン・ドワーフス)とは何者か、豊富な資金を持つ病院の目的は額面通りなのか、そして後半現れる謎の影の正体とは?

 周到な伏線が張られていて、すべて無駄なく回収されているのは大賞に選ばれた作品だけのことはある。改稿の成果もあるのだろう。本格推理で見かける「現場」の見取り図まであって、これはミステリ賞への応募を意識したためか。「テレパス」は先入観を招く呼称だが、VR/MRやBMIなどAIや脳神経科学関連の流行タームをそつなく織り込んでいる点は、いかにも今日的な近未来サスペンスといえる。個々のアイデア自体はユニークと言えないものの、重層化された組み合わせに新規性があるのだ。

イアン・マクドナルド『時ありて』早川書房

Time Was,2018(下楠昌哉訳)

装幀:川名潤

 2018年の英国SF協会賞短編部門を受賞、2019年のキャンベル記念賞の最終候補(この2つの賞で著者は常連)ともなったマクドナルドの注目作品である。長さ的には300枚に満たない中編(ノヴェラ)ながら、原著も本書と同様の薄手の単行本(チャップブック)で出た。

 ロンドンの老舗古書店が廃業になる。主人公は、廃棄処分となった値の付かない本の山から、『時ありて』と書かれた1937年刊の詩集を拾い出す。ところが、それには古い手紙が挟み込まれていた。ネット通販の古本屋だった主人公は、その謎めいた内容に惹かれ書き手を追跡しようと試みる。

 手紙は、兵役に就いている詩人の青年が、その恋人である科学者に宛てたものらしかった。しかし、それらしい人物を写した写真の年代が大きく離れている。手紙の主な舞台は第二次大戦下のサフォーク海岸付近(ロンドンから北東に100キロ)にある。物語は、手紙の謎を追いかける古本屋探偵の現在(フェンランド、リンカーンシャーなどサフォークと隣接する地域)と、確率的に散乱した複数の過去とを往復しながら進んでいく。

 同じ人物が時代を超えて写真に記録されている(年を取らない)という発端は、多くの物語でも使われている(評者は「ネームレス」という作品を書いた)。その探偵役を今どきの実店舗レス古本屋が務め、主な舞台を(日本ではあまり知られていない)イングランド東部に置き、点描された2人の男たちの愛情と絡めるなど、設定の組み合わせが面白い。加えて、文学的ミステリ的な趣向が凝らされているのが特徴だろう。

 「時ありて、また時ありぬ」(time was , time will be again)は本書中の詩人が記した一文である。過ぎ去った過去と未来との間を彷徨う、登場人物たちの悲哀と希望を象徴するかのようだ。