陳楸帆『荒潮』早川書房

荒潮 Waste Tide,2013(中原尚哉訳)

カバーイラスト:みっちぇ(亡霊工房)
カバーデザイン:川名潤

 チェン・チウファン(原音読みをするようだ)は1981年中国広東省生まれ、長編は本書だけだが、短編を含めて多くの賞を受賞している。深圳市などと同様、80年代に経済特区となった沿岸部の汕頭市出身で、本書の舞台となるシリコン島のモデル南澳島もすぐ目の前にある(この島がリサイクル業者の島だったのかどうかは、今となってはよく分からない)。

 近未来の中国南東部にあるシリコン島は、電子部品をリサイクルする出稼ぎ労働者ゴミ人たちと、彼らを配下に置く三つの一族により支配されている。そこに、アメリカ資本の大手リサイクル会社が投資を持ち掛け、勢力図に変化があらわれる。通訳で同行した同島に出自を持つ主人公は、ゴミ人のなかにいた一人の少女に魅かれていく。

 中国は2017年に外国からの廃棄物輸入を禁止したので、本書のような商売は難しくなったが、以前は違法な輸入と人手による有害なリサイクルが横行した。そういう背景と中国特有の血縁支配(長老を中心に、見知らぬ遠い血縁者同士でも助け合う)、価値観の異なるアメリカ人の視点を混淆し、さらにサイバーパンク的/ロボットアニメ的要素を絡めた作品となっている。

 環境問題と低賃金にあえぐ末端労働者の近未来は、パオロ・バチガルピの得意とするディストピアでもある。それに対して、陳楸帆はとてもリアルな「現場の空気」を描きだした。潮州という馴染みのない中国の地方と、いまやアメリカ人となった中華系主人公の心理などは、著者しか描けない組み合わせだ。閻連科も不思議な田舎の騒動を描くが、内陸部と沿岸部とでは違うのだろう。最後は疾走するドゥカティのバイクや、ロボットまで飛び出す迫力あるチェイスとなって、エンタメ要素も大きい。

 本書は『三体』や『折りたたみ北京』とも翻訳スタイルが異なり、ケン・リュウ版英訳をベースとするものの、(北京標準語と大きく異なる)潮州語の発音や、漢字表記名などは著者や中国語版に準拠するなど手がかかっている。