八杉将司『八杉将司短編集 ハルシネーション』SFユースティティア


 2003年の第5回日本SF新人賞受賞でデビューし、2021年12月に亡くなった八杉将司の短編集。著者には多数の作品がありながら、生前に短編集が出ることはなかった。本書は、関係する作家有志により編纂された傑作選である。同じ出版社から出ている遺作長編『LOG-WORLD』はオンデマンド出版(もともとはpixiv公開)だったが、こちらはAmazonなど数社からの電子書籍のみとなる。

 短編[ その一 ]
  命、短し(2004)バイオハザードにより人類の寿命は極端に縮んでしまう。少年も既に人生の半分を生きた。海はあなたと(2004)生体CPUとなった主人公は海辺を車で走るのだが、外の光景はいつまでも変わらない。ハルシネーション(2006)脳の機能障害により「動き」が認識できなくなる。しかも、やがてありえないものが見えるようになった。うつろなテレポーター(2007)量子コンピュータのシミュレーションで造られた複数あるコロニーのうち、自分たちのコロニーが複製されるらしい。これは実利も伴う名誉だった。カミが眠る島(2008)瀬戸内海の小島で行われる祭りを取材するためライターが訪れる。そこでは利権をめぐる騒動が巻き起こっていた。エモーション・パーツ(2009)会社で仕事中、急に笑いが止まらなくなる。どうやら人工大脳の故障らしい。一千億次元の眠り(2011)矯正措置を受けた火星の旧支配層のうち、有力な一人が逃走する。知人だった元警官は、捜査官として行方を追うよう指示される。
 『異形コレクション』掲載作
  娘の望み(2006)娘は言葉が話せなかった。脳に障害があったからだ。しかしそれに代わる芸術の素養があるようだった。俺たちの冥福(2007)中古部品のブローカーで働く主人公は、点や影が顔に見える幻覚に苦しんでいた。産森(2008)宇宙での仕事にうんざりし、祖父母が住んでいた田舎の家に住むことにした。すると夜中に扉が叩かれ、赤ん坊が泣き叫ぶ声がする。夏がきた(2007)長い長い冬が終わり、降り積もった雪は溶けてしまう。やがて何年も続く夏がきた。ぼくの時間、きみの時間(2011)自分を基準に測るしかないが、主観時間は人によって違う。しかし妻とは大きな違いがあった。
 短編[ その二 ]
  宇宙の終わりの嘘つき少年(2012)そこは運河の世界で、人々は船を筏のように連ねて生活している。運河はどこまでも続いているが、一生の間に何回か同じところを通るらしい。それを昔の人は魂と呼んでいた(2013)魂だけが消えてしまう疾病が蔓延する。発症すると、過去の一定期間行っていた行為を延々と繰り返すのだ。
 ショートショート集
  ブライアン(2011)移民宇宙船が遭難、未開惑星へと脱出できたのは自分一人のようだった。そこで笑い顔の石ころを見つける。神が死んだ日(2012)授業中にアラームが鳴る、それは教師である自分宛に緊急事態を伝えるものだった。宇宙ステーションの幽霊(2013)幽霊を信じていなかった科学者の自分が、なんと幽霊になっている。むき出しの宇宙が見える以上、そう考えるほかなかった。ドンの遺産(2014)堅気で生活していた男は、マフィアだった父の跡を継げと申し渡される。座敷童子(2014)跡取りで揉める田舎の家で、中学生の主人公は見知らぬ女の子に声を掛けられる。追想(2015)人類は滅亡寸前、アンドロイドは酒を求めるばかりの困った老人を介護している。夢見るチンピラと星くずバター(2018)月で採れた石には未知のミネラルが含まれているようだ。それを混ぜたバターを食べると何かが。砲兵と子供たち(2020)第1次大戦下の西部戦線、ドイツ軍の砲兵は自軍の周辺に子供たちが群れていることに気が付く。LIVE(2021)人工知能に自我あると認められた。それは問いかけに対し「LIVE」と答えたからである。我が家の味(2021)妻に先立たれ夫は途方に暮れるが、料理の味を決める見知らぬ素材があることを知る。
 短編[ その三 ]
  私から見た世界(2013)見えていたものが見えなくなる。その異常は脳の手術で治るはずだった。だが、術後に別の症状が表われ次第に悪化していく。親しい人が見えず、声が聞けなくなるのだ。妻や子供を自身の認知から失い、周囲の知人も消えていく。
 八杉将司作品論・三編
  八杉将司作品論(町井登志夫)/いつか、白玉楼の中で――八杉将司さんの創作についての覚え書き(片理誠)/八杉将司短編群を読み解く――〈私から見た世界〉と〈世界から見た私〉(上田早夕里)

 上田早夕里の作品論で詳しく述べられているが、著者は認知の問題を繰り返しテーマとしてきた。表題作「ハルシネーション」と、巻末に置かれた「私から見た世界」は、共に主人公の認知が極端に変貌していく様子を描いた対を成す作品といえる。片理誠は「ハルシネーション」をホラーだと思ったと書いている。恐怖も人の認知が生み出す感覚で、スピリチュアルなものと親和性が高いからだろう。ただ、著者は脳神経科学などの知見を取り入れることで、イーガンらが好むSF的/科学的な解釈を試みてきた。「私から見た世界」はその両者を融合したような作品だ。

 他でも「海はあなたと」「エモーション・パーツ」「一千億次元の眠り」「娘の望み」「ぼくの時間、きみの時間」「それを昔の人は魂と呼んでいた」など自我と意識を主要なモチーフとしたものが多くを占める。純粋なソフトウェア知性の「うつろなテレポーター」や、機械と認知の問題に言及した「LIVE」のような作品もある。いまハルシネーションというと、AIの吐く噓(でたらめな答え)のことを指すが、八杉将司ならどう解釈するのか訊いてみたい気がする。

フランチェスカ・T・バルビニ&フランチェスコ・ヴァルソ編『ノヴァ・ヘラス ギリシャSF傑作選』竹書房

Nova Hellas,2021(中村融他訳)

デザイン:坂野公一(welle desigh)

 日本版に寄せられた編者による「はじめに」によると、ルキアノスに始まった世界最古のギリシャSFも20世紀末まで長い空白があり、ようやく(アメリカ映画やTVドラマの影響もあって)70年代後半から海外SFの翻訳が、次いで90年代にはギリシャ人作家による短編の創作が行われるようになったという。このあたりの経緯はイスラエルとよく似ている。ただ、(非英語圏共通の課題として)英語での書き手が少ない分、知名度には難があった。本書は、グローバル向けの英訳傑作選からの重訳になる。スタートラインがいきなりサイバーパンク以降なので、過去の伝統などによる縛りがなく新鮮だ。

 ヴァッソ・フリストウ(1962-)「ローズウィード」海面上昇で都市の建物の多くが水没した近未来、移民ルーツの主人公は居住可能な建物を調査する仕事に就いていた。
 コスタス・ハリトス(1970-)「社会工学」VR下のアテネ、社会工学を学んだ男に集票工作の依頼が舞い込む。相手組織の正体は分からなかった。
 イオナ・ブラゾプル(1968-)「人間都市アテネ」アジア・アフリカで経験を積み、コンゴでも駅長を務めた主人公は、アテネ駅長となってギリシャ語を話すことになった。
 ミカリス・マノリオス(1970-)「バグダッド・スクエア」主人公が住むアテネはヴァーチャルな世界と重なり合っている。だが、意外な都市とも隣り合っていた。
 イアニス・パパドプルス&スタマティス・スタマトプルス「蜜蜂の問題」ドローン蜂の修理を生業にしていた男は、本物の蜜蜂が戻ってくるといううわさを聞く。
 ケリー・セオドラコプル(1978-)「T2」胎児の成長診断のため、清潔なT2より廉価なT1車両で移動したカップルは、産婦人科医師から意外な結果を聞く。
 エヴゲニア・トリアンダフィル「われらが仕える者」観光客を迎えるその島には人造人間しかいない。本物の人間は海底にある居住都市に住んでいるからだ。
 リナ・テオドル「アバコス」ジャーナリストと広報担当者との対話で、人の食事環境を決定的に変えるアバコス社の製品について問題点が指摘されるが。
 ディミトラ・ニコライドウ「いにしえの疾病」体のあらゆる機能が衰えていく病、漏失症の患者を収容する施設で、新任の女性医師が真因究明に苦しむ。
 ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」アンドロイドの皮膚に現れる真珠層は、機能への影響がないことから原因不明のまま放置されている。
 スタマティス・スタマトプロス(1974-)「わたしを規定する色」その女は、ある図案のタトゥーの持ち主を探していると告げた。

 本書は2017年に出たギリシャ語の傑作選(13編収録)をベースに、そこから作品の追加/割愛が行われている。全部で11作を収めるが、原稿用紙換算30~40枚程度の短いものが多い。著者は1960~80年代生まれが中心のようだ。中では英語での執筆が多いナタリア・テオドリドゥが、クラリオン・ウェスト出身者で2018年の世界幻想文学大賞Strange Horizens掲載の短編)の受賞者である。

 地球温暖化による海進(多数の島を有するギリシャでは死活問題)、難民/移民(アフリカ、中東からのバルカンルート=渡航の通り道)という現代的な社会問題とVR、アンドロイド(AI)、サイバーパンク的なテーマが混淆する。数値海岸(ヴァーチャルではなくロボットだが)みたいな「われらが仕える者」、虐殺市場なるものが出てくる「アンドロイド娼婦は涙を流せない」、変幻するタトゥー絡みの事件「わたしを規定する色」あたりが、独特の組み合わせでもあり印象に残る。アイデアものはシンプル過ぎるので、もう少し書き込みが欲しいところ。

大森望編『NOVA 2023年夏号』河出書房新社

ロゴ・表紙デザイン:粟津潔

 前号から2年ぶりとなる、オリジナル・アンソロジイ《NOVA》の最新号。今回は女性作家13人によるボリューミー(540頁)な1冊となった。雑誌の特集などを除けば、女性のみのSFアンソロジイとして日本史上初!を謳う。時流を抜きにすると、単にSF風/ファンタジイ風アンソロジイならもっと前から可能だったと思うが、著者の出自を含めSF周辺だけで固められるのは、今日だからこそなのだろう。

 池澤春菜「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」激太りを改めるべく励むのだが、あらゆる方法を試しても痩せない。騒動はSNS上でブレイクし、某研究所から調査依頼までくる。
 高山羽根子「セミの鳴く五月の部屋」五月にセミは鳴くか。謎の合言葉を告げる見知らぬ人々に辟易した主人公は、その意味を訪問者に問い詰める。
 芦沢央「ゲーマーのGlitch」 RTAゲームの世界大会が実況される。人類の限界を超えた男と元絶対王者の戦いなのだ。バグ技を使うなど究極の戦いは果てしなく続く。
 最果タヒ「さっき、誰かがぼくにさようならと言った」琥珀に愛していると告げると結晶が美しくなる。評判の琥珀師のもとにインタビュー取材用のAIが送られてくる。
 揚羽はな「シルエ」小さな娘が事故で脳死状態になったあと、諦めきれない夫とアンドロイドのシルエに耽溺する妻との間に深い溝ができる。
 吉羽善「犬魂の箱」使機神と呼ばれる犬張子型のロボットは子供を守る機能を有している。江戸時代のような設定の中で、ロボットは子供のために活動する。
 斧田小夜「デュ先生なら右心房にいる」宇宙開発の現場では、使役や食用にもなることから宇宙ロバが重宝されている。デュ先生はそんなロバの専門医だった。
 勝山海百合「ビスケット・エフェクト」スーパーカブで海を目指した高校生は、海岸で鹿のような生き物と出会う。そこで持っていたビスケットを差し出してみる。
 溝渕久美子「プレーリードッグタウンの奇跡」北アリゾナの平原にすむプレーリードッグたちの近くに、飛んでいる何かが下りてきてタウンの群れとコミュニケーションする。
 新川帆立「刑事第一審訴訟事件記録玲和五年(わ)第四二七号」死刑執行の傍聴ができるようになる。そこで死刑囚の母親と被害者の妹が同席し別の事件を引き起こす。
 菅浩江「異世界転生してみたら」オタクの主人公が異世界転生し、オタク知識を生かして好き勝手に生きようとするものの社会的制約が邪魔になる。そこで思いついたのが。
 斜線堂有紀「ヒュブリスの船」瀬戸内をクルーズする観光船で殺人事件が起こる。犯人は明らかになるが、乗客全員が記憶を残したままのタイムループに捕えられる。
 藍銅ツバメ「ぬっぺっぽうに愛をこめて」少女はレトロな駄菓子屋で、薬売りの男から父親の病気に効くという触れ込みで奇妙な生き物を渡される。

 揚羽はなの子供(そっくりのロボット)、吉羽善の犬(のようなロボット)、斧田小夜のロバ(が改良された宇宙ロバ)、勝山海百合の鹿(のような異星人)、溝渕久美子のプレーリードッグ、藍銅ツバメのぬっぺっぽう(のような外観の生き物)と、生物(ロボット、妖怪?)を描いたSFが読み比べられる。処理方法や視点に各著者の特徴が出ていて面白い。

 芦沢央のガチなゲーム実況、新川帆立のガチな供述調書、斜線堂有紀は登場人物の残酷な末路が印象に残る(記憶が累積されるタイムループ作品はよくあるが、ここまで感情的な閉塞感に溢れるものはなかった)。一方、最果タヒによるAIとの独り言のような会話、謎のゲームに関わるようで突き放す高山羽根子、真砂の数ほどある異世界転生ものにトドメを刺す菅浩江、この3人は年齢差がそれぞれ10年ずつありながら手練れの巧みさを感じる。

 池澤春菜の作品は、もしかすると40年ぶりによみがえる『処女少女マンガ家の念力』(大原まり子)なのではないかと思わせる。この非日常的なリアリティはいかにも編者の好みっぽく、冒頭に置かれただけのことはある。

マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』KADOKAWA

Why Visit America,2020(田内志文訳)

ブックデザイン:川添英昭

 著者マシュー・ベイカーは1985年生まれのアメリカ作家。美術学修士取得後に、さまざまな文芸誌や批評誌(オンライン含む)に実験的な短編を発表し、Variety誌の10人の注目作家に選ばれたこともある。プロフィール写真ごとに髪型をドラスティックに変えるなど、ちょっとクセのありそうなアメリカ純文学の人だ。ただ、発表した媒体の中にはWebジンのSF専門誌Lightspeed Magazineがあり、D・ガバルドン&J・J・アダムズの『年刊SF&ファンタジー傑作選』に「終身刑」が採録されている。日本の若手純文作家も同様だが、SF的アイデアを取り入れることに何らためらいはないのだ。版元の紹介文中で本書が「SF短編集」とキャプションされるのも、そういう理由によるのだろう。

 売り言葉(2012)辞書編纂者の主人公は、盗用防止の幽霊語創作を仕事にしている、だが、姪の虐めに憤ったことから、当事者の高校生のストーカーを始めるようになる。
 儀式(2015)母親の儀式が済んだあと、すでに期限が過ぎている伯父を説得しようとする。しかし周囲の顰蹙を買いながらも、伯父はかたくなに受け入れない。
 変転(2016)過度に保守的ではなく世間並みに良識を持つ家族だったが、体を失うという主人公の選択には誰も賛成してくれなかった。
 終身刑(2019)刑罰により記憶から過去がすべてが失われていた。日常生活を過ごすには支障はなかったものの、家族すら見知らぬものになった。自分は何をしたのか。
 楽園の凶日(2019)ひどい一日が終わり、愚痴を話す相手もいないとわかると、彼女は郊外のガラスドームに覆われた生物園に車を走らせる。
 女王陛下の告白* 主人公はお城のような大邸宅に住み、家族は買い物に明け暮れ、部屋はモノで溢れている。その結果、レシオは非常識な高さになっているのだ。
 スポンサー(2018)結婚式の寸前になって冠スポンサーが倒産してしまう。このままでは式が立ち行かない。やむを得ず、不仲だった大金持ちの知人に泣きつくが。
 幸せな大家族* 保育所から赤ん坊が誘拐される。警察は犯人の動機を知るため人物像を明らかにしようとするが、誰もがあいまいな答えしか返さない。
 出現(2013)レストランの駐車場で「不要民」を待ち伏せし、三人を車の中に押し込むと州境へと走り出す。奴らが出現してからもう13年が経っていた。
 魂の争奪戦(2020)生まれた赤ん坊がすぐに死んでしまうという現象が頻発する。魂の数が上限に達したからだ、とする説が信じられている。
 ツアー* カルト的人気を誇る「ザ・マスター」がやってくる。そのギグに参加するためには莫大な費用とくじ運がかかるが、主人公は奇跡的に両者を手に入れられた。
 アメリカへようこそ(2019)地方の田舎町が突然独立を宣言し、元の国名のままアメリカと名乗る。オールド・アメリカはその理想をすべて失ったからだ。
 逆回転(2011)生まれたばかりの主人公が感じたのは完全な絶望だった。そして、ポケットから数字の書かれた謎の紙切れがでてくる。
*:未発表作または書下ろし

 全部で13編を収める(著者が2009年から書いた短編の4分の1)。すべての作品に奇想アイデアが含まれる。筒井康隆『銀齢の果て』風(あるいは成田悠輔風)、意識のアップロード、死刑に代わる記憶抹消、『男たちを知らない女』の世界、裏返された大量消費社会、過度な広告化、育児の公営化、非人類の難民、井上ひさし『吉里吉里人』的独立秘話、時間の逆転などなど。

 ただし、これらの(もはやありふれた)アイデア自体は目的ではない。登場人物をクローズアップするための「特殊設定」に使われている点が、現代SFや文学と共通する特徴といえる。たとえば「変転」では、コンピュータにアップロードされる主人公よりも、うろたえ動揺する家族と母親がテーマとなっているし、「終身刑」でも受け入れる家族と主人公との距離感が読みどころとなっている。

 特有の文体、数ページにもわたって段落なしに続く容赦のない描写が効果を上げている。「ツアー」などでは、それが対象を変えながら何段階も執拗に続いて圧巻だ。物語に説明を付けず、唐突に断ち切ってしまう終わり方は、エンタメには少ない純文的なミニマリズムだろう。また「出現」や表題作には、アメリカ的な社会問題が織り込まれている。「逆回転」もよくある時間の逆転を描くが、その先に現れるものはまさにアメリカといえる。

斜線堂有紀『回樹』早川書房

装幀:有馬トモユキ
装画:宇佐崎しろ (C)宇佐崎しろ/集英社

 斜線堂有紀の初SF短編集である。2016年に第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー後、ラノベから本格ミステリまで多数の著作をこなすが、その設定にはSF的な奇想が多かった。ただし、著者にはもともとジャンル意識はなく、依頼を受けてからその分野を研究するのだという。SFも同様であるらしい(ということは、2020年から集中して読んだということか)。3年で1000冊を読む読書力と、月25万字(単行本2冊分)の原稿を書く腕力があるからこそできる手法だろう。

 回樹(2021)秋田県の湿原に全長1キロほどの人型物体が出現する。忽然と現れ、どこから来たかもわからない。しかし、植物と見なされた存在には特異な性質があった。
 骨刻 (2022)生きている人の骨に、メッセージを刻みこむ技術が流行する。レントゲンを使わないと読み取れないため、書かれる言葉は秘匿性を帯びたものになる。
 BTTF葬送(2022)2084年、映画館では一世紀前の名画が上映されようとしている。それを見るためには、安くはない入場券を手に入れる必要があった。
 不滅(2022)あるときから死体が腐敗しなくなる。それどころか切除も焼却もできなくなる。埋葬に困った政府は宇宙葬を進めるが、それには莫大な経費が必要になる。
 奈辺(2022)18世紀のニューヨーク、奴隷の黒人が白人用の酒場に入場しようとして騒動になる。そこに緑色の肌をした宇宙人が墜ちてくる。
 回祭(書下ろし)お金が必要だった主人公は大金持ちの介助役に雇われる。そこには若い娘がたった一人で住んでいるのだが、昼夜を問わず無理な要求を強いられるのだ。

 どの作品にもユニークな発想がある。骨に刻まれた文字、葬られる映画(その理由が奇妙)、不滅の死体、レイシズムと宇宙人の組み合わせなどなど、アイデアの扱いも意表を突く。表題作では主人公(作家)とパートナーだった女性との関係が坦々と語られ、物語の半分を過ぎたあたりでようやく回樹が登場する。主人公の物語は閉じるのだが、回樹の存在は曖昧なまま背景に隠される。

 もちろん、すべての謎が解き明かされないSFはある。著者のミステリ『楽園とは探偵の不在なり』の元ネタ、テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」も、天使と天罰が実在する舞台について何らかの種明かしがあるわけではない。ただテッド・チャンの場合、奇怪な世界を描くことが主であって、主人公の運命は世界構造に左右される従属物なのだ。

 斜線堂有紀は、そこが逆転しているように思われる。つまり、主人公たちの思いや行動は世界のありさまと関係なく自発的/自律的にあり、世界はその道具に過ぎないのだ。しかも、道具(たとえば回樹そのもの、腐敗しない死体)は論理で説明がつかないオーパーツ的存在である。これは特殊設定ミステリを援用した、(かつてのバカSFに近い)特殊ガジェットSFといえるのかもしれない。特殊設定や特殊ガジェットは、理屈抜きで受け入れないと物語が成り立たないからだ。