翻訳アンソロジイの名手として知られる中村融だが、宇宙ものとなると『黒い破壊者 宇宙生命SF傑作選』(2014)以来の9年ぶりとなる。「埋もれた秀作をふたたび世に出したい」という編纂趣旨に変わりはなく、前作と同様1950~60年代の中短編9作がまとめられている。
フレッド・セイバーヘーゲン「故郷への長い道」(1961/初訳)三千年以上の未来、新婚夫婦を乗せた宇宙船が太陽系の外縁で旧帝国時代の遺棄船と遭遇する。
マリオン・ジマー・ブラッドリー「風の民」(1959/1975)無人の惑星で船医が男の子を生む。しかし幼児は旅に耐えられないため、親子だけが残留することになる。
コリン・キャップ「タズー惑星の地下鉄」(1965/1976)異端技術部隊に、あらゆるものを劣化させる過酷な惑星での移動手段を開発するよう指令が下る。
デイヴィッド・I・マッスン「地獄の口」(1966/初訳)その底までに何十キロにも及ぶ深淵を秘めた盆地は、探検隊の精神までを蝕む異形の存在だった。
マーガレット・セント・クレア「鉄壁の砦」(1955/1980)砦に赴任した新任士官は、破損個所の補修さえも許さない老司令官に疑問を抱く。
ハリー・ハリスン「 異星の十字架」(1962/1974)純朴な異星人の住む辺境惑星に宣教師がやってくる。異星人をよく知る交易商人は布教を止めようとするが。
ゴードン・R・ディクスン「 ジャン・デュプレ」(1970/1977)密林の辺縁に入植した家族にその少年はいた。幼いながら父親も認めるほどの銃の名手だった。
キース・ローマー「 総花的解決」(1970/1999)対立する2陣営を和解させ、あわよくば地球の利権を拡大しようと画策する無能な上司と機転の利く部下のコンビ。
ジェイムズ・ブリッシュ「 表面張力」(1957/1963)水圏が大半を占める惑星に不時着した人類は、その環境に合わせた微生物サイズの子孫を残す。
註:(原著の出た年/翻訳された年)、浅倉久志訳「異星の十字架」以外は新訳または改訳である。
今回はニュー・ウェーヴ(60年代後半)の作家デイヴィッド・I・マッスン(空間が歪んだ盆地は、時間が歪む「旅人の憩い」を思わせる)や、不条理小説ともいえるマーガレット・セント・クレアの作品が収められており、保守派(50年代風技術SF)コリン・キャップとの比較が面白い。とはいえ今ならば、どちらも酉島伝法的な幻想小説と読めなくもないだろう(タズー惑星は『奏で手のヌフレツン』のような凶悪な世界である)。
セイバーヘーゲンは「世代宇宙船」ものをひと捻り、ブラッドリーは母親と子という親子関係に踏み込み(父子を描くディクスンと読み比べるのも良いだろう)、ハリー・ハリスンはキリスト教的価値観の傲慢さを皮肉る。ゴードン・ディクスンは少年勇者のお話ながら、カスター将軍とかアラモの砦(どちらも全滅した)的なアメリカ英雄を描いた訳ではない。キース・ローマーは《レティーフ》ものだ。訳語の面白さで、そこに注目して読んでも楽しい。ブリッシュは(知能がこの形態で生まれるとは思えないものの)物語の精妙さには感心する。総じて熟成した豊潤さを味わえる。
- 『猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる』評者のレビュー