アン・マキャフリー『歌う船[完全版]』東京創元社

The Ship Who Sang,1969/1977/1999(嶋田洋一訳)

カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 連作短編集『歌う船』が翻訳されたのは1983年のこと、当時マキャフリー(1926~2011年没)は人気作家で、13作出た《パーンの竜騎士》や、7作(原案のみや共作を含む)の《歌う船》など多数が翻訳されていた。本書は全編新訳(各作の標題も変わっている)の新版である。原著が出たあとの短編集『塔の中の姫君』やアンソロジイのために書下された2編を加え、日本オリジナルの「完全版」としている。いま新刊で入手可能な唯一のマキャフリーである。

 船は歌った(1961)16歳になった外殻人ヘルヴァは、パートナーである〈筋肉〉を選び順調に実績を重ねていった。だが、惑星住民の救出を図る任務で事故が起こる。
 船は悼んだ(1966)感染症で多数の死者が出た惑星では、少数の生存者も四肢を動かすことができないようだった。意思疎通を図る方法はあるのか。
 船は殺した(1966)放射線のフレアにより生殖能力を無くした人々に、大量の保管精子と卵子を届ける任務では、経歴にいわくのある探索員が同乗する。
 劇的任務(1969)メタン=アンモニア大気の惑星に高度な知的生命がいる。科学情報を取引するため、そこに少人数のシェイクスピア劇団を送り込むことになる。
 船は欺いた(1969)頭脳船の失踪が相次いでいる。しかも、折り合いの悪い〈筋肉〉の判断ミスで、事件の元凶を呼び込む羽目になる。
 船はパートナーを得た(1969)記録的なスピードで債務を完済できたヘルヴァだが、フリーとなっても将来は白紙だった。中央司令部は蠱惑的な提案をしてくる。
 ハネムーン(1977)新たな機体とパートナーを手に入れたヘルヴァは、再びメタン=アンモニア惑星へと飛行し、別れた劇団員たちとも再会する。
 船は還った(1999)パートナーを得てから80年近くが過ぎたある日、汚染物質をまき散らしながら航行する武装船団を見つける。行く手には無防備な植民惑星があった。

 主人公は一隻のサイボーグ宇宙船=頭脳船である。すばらしい歌声の持ち主なので「歌う船」と呼ばれている。物語の世界では、赤ん坊は生まれる前に厳格な検査が行われ、致命的問題があると誕生が許されない。ただ、脳が正常ならば外殻人として生きられる。肉体の成長は止められ〈頭脳〉のみで生きるのだ。宇宙船(あるいは都市の制御施設)が身体になる。ただ、高価な宇宙船は中央司令部の所有物であり、指示された任務を果たさなければ自由は得られない。そして、手足となる〈筋肉〉を同乗させるのだが、彼ら/彼女らにとってもパートナーは生涯の仕事となる。

 解説にあるが『歌う船』は20世紀末時点でいろいろ批判されてきた(『サイボーグ・フェミニズム』では主にジェンダーについて)。今の価値観から見れば、さらに相容れない部分がある。肉体が正常でなければ生きられない社会とか、植民継続のため代理母を当然とする考え方とかだ(これらについては人によって意見の相違があるかもしれない)。そもそも〈頭脳船〉のシステムは個人に負債を背負わす年季奉公だし、修理にまで自己負担(借金)を強いるなど、奴隷労働そのものである。

 とはいえ、マキャフリーが描きたかったのは、そういうところではないだろう。金属の体を持つスーパーロケット少女が、胎内に収めた恋人(プラトニックな関係しか結べない)と、共に宇宙を飛ぶ冒険の物語なのである。バトルシーンなどほとんどなく、少女とさまざまな同乗者との出会いと別れ、友情や助けがそれぞれのエピソードとなっているのだ。