キジ・ジョンスン『アパートメント暮らしの動物寓話集 その他の物語』東京創元社

The Privilege of the Happy Ending,2023(三角和代訳)

装画:庄野ナホコ
装幀:岩郷重力+W.I

 キジ・ジョンスンの『霧に橋を架ける』に続く短編集。アメリカでも3冊目の最新作品集になる。巻末の「ハッピーエンドは特権」(原著の表題作)は、2019年の世界幻想文学大賞中編(ノヴェラ)賞を受賞したものだ。ただ、原著の作品集には、さらに長めの中編「猫の町から世界を夢見る」(下記リンク参照)が含まれていた。本書では同作が2014年に翻訳されてしまった関係で省かれているのだが、未読なら併せて読まれた方が全体の構成意図を知ることができて良いだろう。

 ツール使いの擬態者(2018)自分なりのサバイバル戦術を持つツール使いの擬態者、中には人間の女になるものもいる。
 カマキリの妻(2012)女のカマキリが男のカマキリを食い殺すとき、どこから食べるか、どうやって食べるのか、なぜ食べるのか。
 東部テキサスの蝶(2017)車掌が乗車券の提示を求めると、若い女のくちびるから蝶が転び出る。それも、さまざまな色や種類のものが。
 五人のスフィンクスと五十六の答え(2020)ギリシャ神話に出てくるスフィンクスは謎かけをする。それと田舎町に住むあなたとの関係は。
 ラタトスク(2022)窓の外に怪物がいると怖がった彼女は、町の図書館にあった北欧神話の本で、世界樹を行き来するリス=ラタトスクを知る。
 コヨーテ、死者の国を作りだす(2016)コヨーテの彼女には三姉妹がいて鷹、犬、ミソサザイの姿をしている。みんなが崖から夜浜に滑り落ちると。
 ヒキガエル屋敷の幽霊(書下ろし)ヒキガエルの邸宅には幽霊が出るらしい。ウサギや川ネズミたちが集うクリスマスの夜、ほんとうに幽霊が現われる。
 アパートメント暮らしの動物寓話集(2015)アルファベット順に登場する都会に隠れて住む動物たちの数々。エインコロ(A)からヴォレ(W)まで。
 アパートメント暮らしのまじない集(2020)悪意に対抗するものや、夢を叶えるなど、さまざまなまじないに関わる、15種類の記号=しるしの意味。
 アパートメント暮らしのアルファベット順夢占い集(2019)夢の中に現われた象徴を、アルファベット順に解説する。
 ノアのワタリガラス(2020)ノアの方舟に乗せられたワタリガラスは、その船内でのずさんで残虐な動物管理をつぶさに観察する。
 カラス、人間式のなぞなぞとひとつのジョークを試みる(書下ろし)カラスによるQ&A式問いかけとそのなぞ解きの数々。回答は複数ある。
 ハッピーエンドは特権(2018)父母を失った少女の友は一羽の喋れる雌鶏だった。折しも何もかもを食い尽くす獣の群れが村々を荒廃させていた。

 もともとは物語性が豊かな2つの中編を置き、周辺に実験的な小品でちりばめるという趣向だったと思われる。本書では大きな中編が抜けたことで、言語実験の要素が際立って見える。

 ローラ・クリステンセンのアート(本書にもモノクロで掲載)に着想を得て書いた作品、(ティプトリー「愛はさだめ、さだめは死」のような)カマキリの習性を研究した作品、蝶のメタファーが不思議な美しさを産む作品、スフィンクスの謎かけはギリシャ神話以来数多くあるが、ここでは56問もある(作品ではAだけが並ぶので、解説でQを推定している)。北欧神話、北米先住民の民話、著者の敬愛する「たのしい川辺」のバリエーションがある。《アパートメント》の3作品は、動物寓話集とあるのに生き物の具体的な姿は書かれておらず、夢占いには精神分析的な描写はなく、まじないのしるしも思わせぶりなだけ。けれど、日常のどこにでもあるように表現される。ノアへの懐疑、カラスを介したQ&Aがある。最後は、多数の難民を生み出したシリア内戦と黒死病(ペスト)下の中世ヨーロッパを重ね合わせた作品である。本書の解説やインタビュー記事を読むと、この短編集を編んでいった背景がうかがえる。

 初短編集も印象的だったが、この本にもインパクトはある。初めに書いたように、中編「猫の町から世界を夢見る」と併せて読むことをおすすめしたい。