
装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室
キム・チョヨプの昨年刊行されたばかりの最新中短編集。全部で7編を収める。ミリーの書斎(韓国のオーディオブックサービス)、フィリップ・パレーノ展、博覧会、学会、各種アンソロジイ収録作などから成る。いわゆる文芸誌(雑誌)はなく、発表媒体を見てもそれぞれの対象読者層が分かれているように思われる。それなのに作品集のテイストに違和感はない。大ぐくりで、いまの時代を反映しているからだろう。
スプダニのサマーバカンス(2022)バイオハッカー通りの人工皮膚サロンに勤める主人公は、金属の皮膚を執拗に求めるお客=スプダニに興味を抱く。
両面の貝殻(2021)生まれつき2つの人格を宿す主人公は、異星の海での撮影の仕事中に人格間でひどい仲たがいを起し、分離手術を受けようと決意する。
振動鳥と手紙(2022)漂流する宇宙船の中は「振動鳥」に占拠されていた。かれらが宇宙船を操っているわけではないのだが、何かを伝えようとしている。
塩水の周波数(2024)クジラの群れの中に交じるわたしは、どうもクジラではないようだった。ときどきかれらの語彙にない言葉を口にするからだ。
静けさと喧嘩(2024)物には声がある。インタビューのため訪れた私設記録館の館長は、かつて物議を醸した「物の魂」の文章についてなかなか語ろうとしてくれない。
甘く生温かい哀しみ(2025)孤独な養蜂家の元に1人の女がやってくるが、その目的は「蜂に刺されたいから」なのだった。
雨雲を追って(2025)死者からの招待状が届く。自分の追悼式への案内だった。そこに彼女と知り合った3人が呼び集められたのだ。
各作品ではさまざまな状況が描写される。皮膚を変えることでその人も変わってしまう近未来、異なるもの同士のコミュニケーションはどうなるか、クジラたちのただ中で生きること、生き物でもないものの声を聞く、閉じた世界でどうすれば生きていけるのか、あるゲームから続く異世界で見るものとは。主人公も人間だったりそうでなかったりと多彩である。旧来からあるSFのアイデアを巧妙に組み合わせ、現代人の生きにくさを浮かび上がらせている点が共通する。
Xでの指摘とは別の作品だが、イーガン「祈りの海」と「両面の貝殻」(原著でのもともとの表題)はどこか似た雰囲気を感じさせる。どちらも海が媒介になり人の感情の本質に迫っていく。しかしこの2作では、それに科学的説明がつくとするか、物理では割り切れない心の結びつきがあるとするか、という違いが出てくる。イーガン的なSF設定の別解釈と考えると、キム・チョヨプの立ち位置が分かりやすいだろう。
- 『惑星語書店』評者のレビュー