西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』筑摩書房

ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 3月に出た本。『飛行士と東京の雨の森』から8年ぶりの短編集である。前作の大半が書き下ろしだったのに対し、本書は表題作以外の9作品がアンソロジイ『NOVA』『文学ムック たべるのがおそい』など、さまざまな媒体で発表された作品である。

 行列(2010)空に子供が現れたのはお昼前のことだった。その後に、さまざまな人々や人でないものが続いていく。おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって(2019)東京を襲った地震の後、主人公は底なしの知識を持つ少年と知り合い議論をする。2人で地図を調べるうちに、やがて遺棄された図書館にたどり着く。箱(2002)その転校生は、風呂敷に包まれた箱をどこへ行くときでも持ち歩いていた。未知の鳥類がやってくるまで(書下ろし)嵐が近づいている週末、酔ったあげく主人公は大切な原稿を無くしてしまう。酔いが覚め、不安に襲われて街に出たあと、思わぬ体験をすることになる。東京の鈴木(2018)ある日東京の警視庁に謎のメールが届く。そこには予言めいた言葉と、トウキョウ ノ スズキとだけあった。ことわざ戦争(2019)争い合う東と西の国がお互いに代表を出し、詩の巧拙で勝負しようとする。廃園の昼餐(2013)生まれる前の胎児に意識が宿ったのだが、それは未来も過去もすべてを見渡せる全知の意識だった。母親の過去や父親の運命をも知っていた。スターマン(2017)自分が異星人だと言い張る男は、いつしかスターマンと呼ばれるようになる。開閉式(2012)主人公は扉を見ることができた。それは人のどこかに小さく取り付けられていて、開けることができるのだ。一生に二度(2017)二十年間変化に乏しい会社勤めをしてきた主人公には、止めどのない空想癖があった。

 「行列」「おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって」「箱」「東京の鈴木」「ことわざ戦争」「スターマン」「開閉式」など、30枚に満たない不思議な味のショートショートと、やや長め(といっても60枚ほど)で多重化された物語を含む表題作などの3編からなる。

 「未知の鳥類がやってくるまで」は、個人的で切迫した場面から始まる。主人公は出版社の校正係なのだが、著者の直しが入った校正原稿をどこかに忘れてしまう。大変な失態だと焦り、無謀にも台風接近の中をさまよい歩く。しかし、その途上で開いているレストランを見つけ、翌朝、今度は見知らぬカフェや早朝だけの映画館と出会う。そこは狭苦しい現実とはまったく違う、解放された世界なのだ。「一生に二度」でも、閉塞感を感じる主人公が登場する。空想癖で風景を改変して想像し、大学時代の友人(物語に書かれていないことが分かる、と称する)を思い出し、外国人の研究者とその人の研究内容を空想し、北欧での殺人事件へと続き、最後に一生の二度目に行き当たる。どちらの作品も、仮想・空想の世界が境界を越えて、現実・生きざまを変容させる物語だ。