著者は1993年生まれ。2020年第3回文芸社文庫NEO小説大賞を受賞した『月曜日が、死んだ。』でデビュー。2022年『サマータイム・アイスバーグ』で第16回小学館ライトノベル大賞優秀賞を受賞、SFネタが界隈で話題を呼んだ。一般読者向け書下ろし作品である本書でもそれは継承されている。テーマに強く関わる生成AI Chat GPT4なども作中の素材として取り入れたという。
2044年、前年末にAIの打ちこわしを叫ぶネオ・ラッダイト運動が過激化、自爆テロが発生する。同じ日に、事件の首謀者と交流のあった女子大生が機械を抱いて海に落ちた。女性は救助されたが、テロとの関連を糺す刑事の取り調べに応じようともしない。なぜ運動に肩入れしたのか、ヒューマノイド=機械と心中まがいを企てた理由は何なのか。
20年後の近未来は、今日を敷衍したディストピア社会である。多くの仕事はAI=ロボットに代替され、失業率は高止まっている。医療技術は飛躍的に伸び、BMIを用いる再生医療も進歩した。ただし、それが使えるのは富裕層だけだ。
主人公の女子大生は鼻梁に大きな傷がある。整形できない家庭事情もあり、自己否定感に苦しめられていた。ところが意外な友を得る。何事にも消極的・冷笑的な主人公に対し友人は積極的で明るい。2人は育ちや身分(家族の社会的地位)考え方も異なる。著者はこの2人の関係をシスターフッド=女性同士の絆とする。対称的な友情を、フェミニズム的な連携に準えたのだろう。物語は友人の秘密を巡り、次第に暗転していく。
著者は本書のテーマを「どこまで取り替えられたら、それはそれでなくなるか」とし、影響を受けた作品にイーガン「ぼくになることを」(『祈りの海』所収)を挙げる(インタビュー記事参照)。前者はSFの定番テーマ、新訳が出たバドリスの古典『誰?』(1958)もそうだ。後者は、イーガンならではの精緻さで考察された前者の派生形だろう。そこに生成AI社会に対するラッダイトや、格差社会が生んだシスターフッドなど今様のテーマを絡め、リニューアル/アップデートを企図した内容に仕上げている。
- 『祈りの海』評者のレビュー