『時のきざはし』に続き、3年ぶりに出た立原透耶編による日本オリジナルの傑作選第2弾、今回は15作家の作品を収録する。前作と重複する作家も8名いるが、初紹介を含む新たな作家が約半分を占める。英米圏でも活動する王侃瑜や、短編集『時間の王』、『三体X 観想之宙』などで既によく知られている宝樹の短編も読める。
顧適(1985生)生命のための詩と遠方(2019)タンカーから流出した石油が消滅する。それは20年前に主人公が関わったプラスチック生物と関係するようだった。
何夕*(1971)小雨 (1994)自然から受ける感性を3Dイメージングで表現する主人公は、一人の女性から強い印象を受けるが。
韓松*(1965)仏性(2015)ロボットが無常を感じ輪廻からの解脱を求めた。ならばロボットもまた衆生の心を持っているのか。
宝樹(1980)円環少女(2017)少女はパパと二人で暮らしている。ママは早くに亡くなり墓もある。ただ、少女はときどき覚えのない体験を思い出すのだ。
陸秋槎*(1988)杞憂(2019)杞国の渠は兵法の大家だったが、諸国を巡り歩くうちにその兵書の内容はことごとく覆されてしまう。
陳楸帆*(1981)女神のG(2009)身体的な問題で性的な喜びを感じないミスGは、脳への刺激を試みる実験的な方法で劇的な変化を遂げる。
王晋康*(1948)水星播種(2016)実業家の主人公に叔母からの遺産の話が持ち上がる。それは未知のケイ素系生物にまつわるものだった。
王侃瑜(1990)消防士(2016)山林火災が頻発する未来、消防用のヒューマノイドロボットが心療内科を受診する。そのタイプは人間の意識を搭載しているのだ。
程婧波(1983)猫嫌いの小松さん(2019)チェンマイにある外国人向けの別荘地に、元エンジニアの小松さんが住んでいる。なぜか猫を嫌っているらしい。
梁清散*(1982)夜明け前の鳥(2019)清朝末期、お忍びで出た革新派の皇帝を城内に戻す必要が生じる。不在が明らかになると改革の障害となるからだ。
万象峰年(?)時の点灯人(2018)時間剥離が発生し、提灯守が持つ時間発生器の周辺だけでしか時間は流れなくなる。だが、発生器が永遠に動くわけではない。
譚楷(1943)死神の口づけ(1980)バレエ団のプリマを待つ男、化学工場の工場長と何年も前に別れ今は母となった娘、その運命は重大な事故から暗転する。
趙海虹(1977)一九二三年の物語(2004)100年前の上海、革命に奔走する男装の女は、水夢機を作ろうとする科学者の研究室で奇妙な歌を聴く。
昼温*(1995)人生を盗んだ少女(2019)苦学を経て有名私学の特待生となった主人公に友人ができる。しかし、その友人の夢は実現不可能に思われた。
江波*(1978)宇宙の果ての本屋(2015)誰も本を読まなくなった遠未来、億冊を超える規模を誇る最後の本屋は、滅びゆく地球を捨てて宇宙の果てへと旅を続ける。
*:『時のきざはし』収録作家
「生命のための詩と遠方」ではプラスチック汚染問題を、(「天駆せよ法勝寺」に先行する)仏教SF「仏性」はAIに意識は芽生えるかを投げかける。さらに、ティプトリー「接続された女」的な「女神のG」、ハル・クレメント(あるいは春暮康一)やロバート・L・フォワードを思わせるクラシックな「水星播種」、実話を基にしたパンデミックSF「死神の口づけ」、現代の問題を内包する「消防士」と「人生を盗んだ少女」、スチームパンクともいえる「杞憂」、革命前夜を外国側ではなく国内視点から描く「夜明け前の鳥」「一九二三年の物語」、エモーショナルさが際立つ「小雨」「円環少女」「猫嫌いな小松さん」(表題は猫好きだった小松左京へのオマージュ)「時の点灯人」と多彩だ。「(前作より)SF色が強いものを多めに」という編纂趣旨もあって、より多様に楽しめるだろう。
巻末の「宇宙の果ての本屋」は、宇宙のすべての知識を集めた本屋(なぜか図書館ではなく本屋なのだ)を描く。知識のデッドコピー、無条件なインプットだけでは、いずれ情報は劣化摩耗してしまう。読むだけではなくアウトプットがなければ進歩はない。学び考えることこそが新しい知恵を生むのだと締めくくられる。
- 『時のきざはし』評者のレビュー