池澤春菜『わたしは孤独な星のように』早川書房

装幀:川名潤

 初の短編集である。著者は2022年に大森望のゲンロンSF創作講座を(関係者以外には知られず?)柿村イサナ名義で受講したのだが、本書の多くはそこで提出された課題作が元になっている。

 糸は赤い、糸は白い*:マイコパシー能力を生む、キノコによる脳根菌との共生が当たり前になった。主人公は友人との関係もあって菌種の選択に悩んでいる。
 祖母の揺籠:海が陸を呑み込んだ未来、私は巨大な祖母となって海洋を漂う。育房に三十万人もの第三世代の子どもたちを抱えながら。
 あるいは脂肪でいっぱいの宇宙*:ダイエットに励む主人公は、あらゆる手立てを費やしたのに、少しも痩せないことに気がつく。どうしてなのか。
 いつか土漠に雨の降る*:チリの首都から遠く離れた、アンデス山頂にある天文施設。そこで駐在する二人の技師にはもう一匹の仲間がいた。
 Yours is the Earth and everything that❜s in it:ネットから隔絶された人々の村がある。住人は高齢者と世話をする主人公だけ。ただ、XR観光客たちが来る。
 宇宙の中心でIを叫んだワタシ*:調査にやって来た宇宙人とのファーストコンタクト、しかしコミュニケーションの手段は思いもよらないものだった。
 わたしは孤独な星のように*:シリンダー型宇宙植民星で生きる主人公は、亡くなった叔母の形見を宇宙に流すために旅をすることになる。
 *:課題作を改稿

 「糸は赤い、糸は白い」は、著者の趣味と思春期女子の仄かな恋を融合した好編。ヒューマノイド由来の非人類もの「祖母の揺籠」は、徐々に特異な設定の意味が明らかになる(「おじいちゃん」というのもあった)。文体で読ませる「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と続編「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」は、ハイテンションでポップ(古い表現ですが)な作品。「いつか土漠に雨の降る」は冒頭の小さな謎が膨らんでいくアイデアストーリー。「Yours is the Earth and everything that❜s in it」はキプリングの(日本人にはなじみが薄いが、最後まで諦めなければ夢は叶うという)詩の一節を表題にした逆転の物語。オニール型(ガンダム型)植民星の衰退しつつある内周部を旅する「わたしは孤独な星のように」は、主人公の感性に寄り添った温かさが印象的だ。チョン・ソヨンキム・チョヨプらの韓国作家を思わせる。

 もともとの発表の場はSF創作講座ほぼ一択であるが、切り口は課題によって異なっている。さまざまなスタイルを模索していたことが読み取れる。これはこれで多様性があり面白いけれど、表題作のハードな状況の中での暖かみを目指す方向か、「・・・脂肪でいっぱいの宇宙」の意表を突く文体と展開なのか、その中間の「糸は赤い・・・」なのか、もう少しテーマを絞り込んで書かれたものも読んでみたい。