チョン・セラン『声をあげます』亜紀書房

목소리를 드릴게요,2020(齋藤真理子訳)

装丁・装画:鈴木千佳子

 すでに何冊も翻訳がある、人気作家チョン・セラン初のSF短編集。本書は韓国のSF専門出版社アザクから昨年出たばかりの作品集で、中短編8作を集めたもの。著者は1984年生まれなので、年代的には郝景芳(ハオ・ジンファン『人之彼岸』)チョン・ソヨン(『となりのヨンヒさん』)に近い。

 ミッシング・フィンガーとジャンピング・ガールの大冒険(2015)好きになった人の指だけが、過去にタイムスリップしてしまう。2人は指探しの旅に出る。
 十一分の一(2017)11人いた大学サークルの変人たちの中で1人だけ気に入った人がいた。以来会うことはなかったのだが、あるとき全員が集まる同窓会の招待状が届く。
 リセット(2017-19)長さ200メートルに及ぶ巨大ミミズが至るところに出現し世界は壊滅する。残された人々は、過去を捨てて生活を再建しようとする。
 地球ランド革命記(2011)異星の観光客に不評な地球とは別に、地球ランドと呼ばれる観光施設が作られる。しかし、展示物は本物とはいいがたい紛いものばかり。
 小さな空色の錠剤(2016)もともとアルツハイマーの治療薬として開発された青い錠剤は、思いもよらない使われ方をするようになる。
 声をあげます(2010)無意識に人に危害を与える特殊能力者がいる。そういった人々は収容所に収監され、能力を失わない限り外に出ることができない。
 七時間め(2018)現代史の授業では、直近の大絶滅が起こった原因を集中して学ばなければならなかった。
 メダリストのゾンビ時代(2010)地球規模で起こった人類のゾンビ化。たまたま生き残ったアーチェリーのメダリストである主人公は、屋上からゾンビをひたすら射る。

 指だけがタイムスリップしたり、変人だらけのサークルがあったり、巨大ミミズが文明を崩壊させ、嘘っぽい地球ランドや、新薬が変えた奇妙な社会や、やむを得ないとはいえ自由を奪われる呪われた者たちや、ゾンビのただ中のメダリストが描かれる。リアルというより奇想寄り、ハードさよりもユーモアに寄せている。とても深刻な状況なのだが、ふんわりと包み込まれるように書かれていて、小さな救いを感じさせる。

 著者は「七時間め」「リセット」などで、人類のいまの文明の方向性に疑問を呈し、「声をあげます」では多数のために1人を犠牲にする是非を独創的な設定で考察する。気象変動やコロナ禍は、人類を(いまのところ)滅ぼしてはいないけれど「生まれて以来ずっと生きてきた世界が揺らいでいる」と感じることが多くなった。著者は「そのときに手にする文学がSFだと思う」と述べている。問題の解決は遠くても、視点を変えることで、希望のひとかけらを見いだすことができると信じているからだろう。

キム・チョヨプ『私たちが光の速さで進めないなら』早川書房

우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면,2019(カン・バンファ、ユン・ジョン訳)

装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室

 1993年生まれの著者のデビュー作で、韓国内17万部を売り上げたというベストセラーである。人口が日本の半分ほどの韓国では、小説で1万部が売れればヒットらしいので、異例の注目作と言えるだろう。昨年チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』を紹介したが、本書も7編を収録する短編集だ。

 巡礼者たちはなぜ帰らない:遠い星に築かれたに村では、18歳の大人になると巡礼者として「始まりの地」へ旅する儀式があった。しかし、帰還するのは半数だけだ。向こうでは何が起こっているのだろうか。
 スペクトラム:祖母は宇宙探査船の乗組員だった。ワープ航法の事故で亡くなったものと思われていた。ところが、40年後に宇宙を漂流しているのを発見される。そして異星人と接触したと話すのだが。
 共生仮説:その画家は見たことのない風景を描いたが、不思議なことに誰もが懐かしさを感じた。やがて、その光景は既に消滅した異星のものだと分かってくる。だが、なぜ懐かしさにつながるのかは不明だった。
 わたしたちが光の速さで進めないなら:廃棄された宇宙ステーションで、来るはずのない連絡船を待ち続ける老人がいた。係員はその老人と話すうちに、過去に起こった技術開発史での皮肉なできごとを知ることになる。
 感情の物性:小さな石のような物体に「感情」を封じ込めたアイテムが、爆発的に流行する。主人公は自分の恋人までがそれに溺れるのを見て疑念を抱く。
 館内紛失:妊娠中で精神的に参っていた主人公は、死んで図書館にアップロードされた母と話そうとする。母とは不和で家を出て以来、話したことはない。ところが、母のデータは館内紛失状態なのだという。
 わたしのスペースヒーローについて:主人公は過酷な訓練を経て、宇宙飛行士になろうとしている。幼い頃から母親同然と慕う先任飛行士を、自分の目指すヒーローだと思ってきた。そのパイロットは事故で亡くなったはずだった。

 見かけから体質までを遺伝子操作すること、人とは全く異なる知覚手段で認知が行われること、他者の精神が体の中にあるとしたら、時代に取り残された科学者の悲哀、感情が外部に取り出せたら、失われた母親と母親になろうとする自分、逆境を跳ね返したヒーローの秘密と、不安を抱えつつもソフトな語り口で未来を指向する主人公たちが印象的だ。

 私見ながら、世界中で日本と最も近い国というと、おそらく韓国だろう。物理的距離だけでなく、町並みや人々の雰囲気がよく似ている。しかし、日本よりもさまざまな面で未来にある。大学進学率が7割を超える(日本は5割)厳しい競争社会で、そのため少子化が進み(出生率1.05、日本が1.43)自殺者も多い。女性の社会的地位や差別はより厳しい。主人公たち(多くは女性)の葛藤には、そういう背景があるように思える。

 昨年から韓国ではSFがブームになっており、「今日のSF(오늘의sf)」(現在2号まで出ている)などのSF専門誌の創刊や旧作の復刊などが相次いでいるという。また『82年生まれ、キム・ジヨン』に代表されるフェミニズムとの融和性も指摘されている(「現実を転覆させる文学」文藝2020年冬季号)。

 今年出た英訳版が絶賛されている村田沙耶香『地球星人』(Earthlings)とか、藤野可織『来世の記憶』など、外観はSFながら、これらは必ずしも奇想アイデアをメインに据えた作品ではない。ジェンダーや人種・社会階層・民族差別、貧富の差、LGBTなどのマイノリティーへの共感など、社会問題が関わっている。アレゴリーというより、もっと直截的にメッセージを届ける道具としてSFが使われているわけだ。本書も同様だが、ジャンル小説内にとどまらない、ほぼ世界同時に進む現代文学の潮流と言って良いだろう。

ピーター・トライアス『サイバー・ショーグン・レボリューション』早川書房


Cyber Shogun Revolution,2020(中原尚哉訳)
カバーイラスト:John Liberto
カバーデザイン:川名潤

 ピーター・トライアスによる《USJ三部作》完結編。第一部『ユナイテッド・ステーツ・オブ・ジャパン』(2016)は星雲賞を受賞するなど日本での評価が高く、第二部『メカ・サムライ・エンパイア』(2018)の翻訳は原著のアメリカ出版に先行するほどの人気だった。本書も2020年3月に原著が出たばかりの最新刊である。これまでと同様、文庫版とSFシリーズ版が同時刊行されている。SFシリーズ版ではカラー口絵、番外編未完長編の一部、掌編、エッセイなどのボーナストラックが含まれる。

 2019年、日本に統治されたアメリカUSJで不穏な動きが生まれる。現在の総督が敵であるナチスと内通しているというのだ。秘密結社〈戦争の息子たち〉は軍内部にも浸透し、ついに決起する。しかし、政権交代もつかの間、今度は伝説の暗殺者ブラディマリーによる無差別テロ攻撃により、USJ国内は大混乱に陥っていく。

 主人公は陸軍の軍人で巨大ロボットメカの操縦士、特高警察のエージェントとともにブラディマリーの正体を追う。今回もさまざまなロボットメカが登場する。主人公が搭乗するのは敏捷なカタマリ級(口絵)で電磁銃が主要な武器、表紙に描かれた赤いシグマ號は巨大チェーンソーを振りかざすラスボスだ。

 前作の設定から20数年が経過、主要な登場人物は入れ替わっている。近い将来を予感させる前巻の終わり方からすると、ちょっと意外な展開だろう。結果的に、各巻は(一部を除いて)異なる物語なのだ。ディック『高い城の男』を意識した第一部、ナチスのバイオメカと戦う第二部、同じUSJのメカ同士が戦う第三部を通して読むと、各巻の独立性を重視する著者の考え方がよく分かる。爽快なロボットバトル小説であると同時に、「先軍国家USJ」の矛盾もまたむき出しになっていくのだ。三部作はこれで終わるが、狭間にはまだいくつものエピソードが隠されている。

 物語とは関係ないが、本書の中には、訳者を含め聞いたことのある日本人の名前(音のみ、漢字は意図的に変えてある)が複数出てくる。USJ紹介に貢献した、日本側関係者に対する感謝なのだろう。