貴志祐介『罪人の選択』文藝春秋

カバー写真:NWphotoguy
装丁:征矢武

 貴志祐介の中短編を収めた作品集。4作中3作品はSF、残るミステリ1作も「時間」をアイデアのベースに置いた点で共通するという(版元によるインタビュー記事)。冒頭の「夜の記憶」はSFマガジンに掲載されたデビュー作で、『SFマガジン700【国内編】』(2014)にも採られたが、これ以外は書籍初収録となる。

 「夜の記憶」(1987)強酸性の海を泳ぐ無数の嚢を有する生物と、軌道コロニーからバカンスを楽しむために海洋リゾートを訪れた夫婦。並行して進む2つの物語はどう結びついていくのか。「呪文」(2009)惑星まほろばには奇妙な神が奉られていた。宇宙を支配する星間企業の基準では、許されない信仰かもしれない。調査員はその正体を探ろうとする。「罪人の選択」(2012)戦後まもなく、裏切りの罪で一人の男が私刑で裁かれようとしている。しかし、生き残りを懸けた究極の選択が男の前に提示される。「赤い雨」(2015-2017)未来の地球では、バイオハザードで環境に放出された変異微生物チミドロにより、生態系が完全に破壊されている。ドームに住む主人公は除染のメカニズム解明のため、禁じられた実験に手を染める。

 本書の作品は「SF風」のくすぐりではなく、異星/未来社会や異生物の生態など、ガチな定番ネタに挑んだものだ。「夜の記憶」に登場する異形の生物と夫婦が参加するプロジェクトの絡み、「呪文」では逆転された和風の異星神と星間企業の関係、「赤い雨」では生態環境とドーム内外の住民間で生まれる差別など、どれもトラディショナルなSFとして正面から描かれている。

 現役のミステリ、ホラー分野で、1950ー60年代生まれの世代にはもともとSFを目指した作家が多かった。著者もそうだが、第12回ハヤカワSFコンテスト佳作入選段階ではプロになるまで踏み切れず、方向性を改め第3回日本ホラー小説大賞で再び佳作入選するのが、12年後の1996年のことである。2008年にはSFコンテストの作品をベースに『新世界より』を書き、第29回日本SF大賞を受賞してリベンジを果たす。本書は、著者によるデビューから最近までのSF遍歴を反映しているともいえる。

赤松利市『アウターライズ』中央公論新社

装幀:岡孝治
写真:Harvepino/Shutterstock.com

 住所不定無職、62歳でデビューした作家として話題を呼んだ著者の、大藪春彦賞受賞後第1作。東北を再び大津波が襲うシーンで始まるお話なのだが、日本ではちょっと珍しい、ある種のユートピア小説になっている。

 東日本大震災から復興途上の東北で、アウターライズ地震が発生する。大津波の規模は震災を凌駕するほどのものとなった。しかし被災地では周到な避難計画が策定されており、死者わずか6名という少ない被害ですむ。直後、東北6県は独立を宣言し国境を閉ざす。三年後、国境が開かれ報道陣が招き入れられるのだが、この国ではどんな統治が行われているのだろうか。

 物語の第1部では、津波が再び襲来する様子が描かれる。著者が体験した復興や除染作業の経験と、国主導の復興計画への疑問などが提示されている。第2部では、東北国成立の裏に潜む、大きな謎の究明に挑むジャーナリストたちが描かれる。あくまでも個人の視線である。やがて、東北国の経済や国防を担う、統治者たちの実像が明らかにされていく。

 東北には独自の文化があり、搾取する中央政府からは独立すべきだという作品は、20世紀末に複数出ている。著者インタビューでも言及された、東北の一部が突如独立する井上ひさし『吉里吉里人』(1981)、飛蝗に襲われ疲弊した東北が独立を目指す西村寿行『蒼茫の大地滅ぶ』(1978)の他、東北5県が閉鎖国家を作る半村良『二〇三〇年東北自治区(人間狩り)』『寒河江伝説』(1992)なども書かれてきた。

 しかし、本書の雰囲気はむしろ現代のユートピア小説に近い。アーネスト・カレンバック『エコトピア・レポート』(1975)は、アメリカから独立したエコトピア(アメリカ西海岸の北半分)に二十年後訪れたジャーナリストが見聞する社会の秘密が描かれる。この物語の主眼は、環境を国是とするエコトピアの成り立ちと、持続可能なシステムなのかという疑問への回答でもある。東北国で試みられている政策は、今の日本とは全く違う考えに基づくものだが、読者は実現性の可否よりも、なぜそれが必要となるかを自身に問い直すべきだろう。

高丘哲次『約束の果て 黒と紫の国』新潮社

装画:九島優
装幀:新潮社装幀室

このたび、日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞いたしました。
先生からの選評では「四股を踏め」「まだ早い」「精進せよ」というお言葉をいただきました。(ほぼ原文ママ。ぜひ小説新潮をご覧ください)
小説界の幕内昇進を目指して、不撓不屈の覚悟で書き続けたいと思います。ごっつあんです。

高丘哲次 (@TetsujiTakaoka) November 22, 2019

 日本ファンタジーノベル大賞2019の受賞作である。紛糾したと評判の選評は小説新潮2019年12月号でしか読めないのだが、あいにくこの号は小野不由美特集などがあり、プレミア価格の古書でしか入手できない。とはいえ、そういう批判があったにせよ、受賞するだけの読みどころは十分にある。著者はゲンロンの大森望 SF創作講座第2期(2017)出身者でもある。

 古代伍州(ごしゅう)に、壙(こう)と臷南(じなん)という二つの国があった。大国壙には万能の帝王螞帝がおり、臷南には奔放な王女瑤花がいた。あるとき、壙から一人の王子が送られてくる。王子は数年の間臷南に滞在し祭祀を執り行うのだという。しかし、それには別の意図があった。

 この物語には、何層にも重ねられた複雑な構造がある。まず最初に中国を想起させる架空の「伍州」があり、その下に歴史上存在しないとされる「壙と臷南」がある。この二つの国は小説と偽史に表われるだけなのだ。そこに、謎を解くべく旅に出た現代の日本人と遺物を託した伍州人との物語、さらには壙を創始した螞帝の物語、臷南の女王と壙の王子の物語、伍州内部の動乱の物語などが重なり合う。

 復活後の日本ファンタジーノベル大賞は今回で3回目になるが、フィクションの上にフィクションを重層化する構造という意味では、もっともチャレンジジングな内容といえる。特に神話時代のお話はファンタジイ色が色濃く、それと現代の物語とのあいだに懸隔があるからだ。ただ、もし現代パートが無ければ、本書はフラットなファンタジイとなり新規性が失われる。不可欠な要素ではあるだろう。気になるのは、異様に凄惨な創始者の物語で、何らかの風刺が込められているのかもしれない。

柞刈湯葉『人間たちの話』早川書房

カバーイラスト:あらゐけいいち
カバーデザイン:瀬古口敦志(coil)

 『横浜駅SF』(2016)の著者による初短編集である。SFマガジン掲載作などと書き下ろしを交えて、全6編を収録する。著作としてはすでに5冊目。

 冬の時代(2018)すべてが雪と氷で覆われた、昔日本だったらしい世界を、二人の旅人があてもなく南を目指し旅を続ける。たのしい超監視社会(2019)世界を三分割していた全体主義国家の一つが崩壊、残りも体制変革を余儀なくされた。イースタシアの一画を占める日本では、お互い同士を小型カメラでフォロー=監視する超監視社会となる。人間たちの話(書き下ろし)主人公は裕福で自由な家庭に育ったが、常に孤独を感じていた。やがて、科学者となり火星の生命を研究する。しかし、押しつけられるようにして預かった甥との接し方に戸惑う。宇宙ラーメン重油味(2018)太陽系外縁カイパーベルトに浮かぶ小惑星に、銀河連邦に住むどんな異星人にでも絶品のラーメンを提供する店がある。亭主の地球人と、元戦闘ロボットのコンビで切り盛りする店だった。ある日、小惑星を一呑みするような巨大なお客がやってくる。記念日(2017)大学勤務の主人公の部屋に、巨大な白い岩が出現する。几帳面でミニマムな生活を好む主人公には、不可解で余計な存在だった。No Reaction(2014)透明人間は文字通り不可視で、非透過なふつうの人間には物理的にも関知し得ない存在だった。力学的な「作用・反作用」のうち、後者が働かないのだ。

 本書のあとがきに著者自身による解題が載っている。それによると「冬の時代」は、椎名誠のポストアポカリプスものを意識した作品である。「たのしい超監視社会」は、オーウェル『一九八四年』を現代のインターネット社会に敷衍したものだが、オーウェルが予測したものとはかなり(社会の雰囲気が)異なる。「宇宙ラーメン重油味」は漫画の原作になるはずだったもの。「記念日」はマグリットの同作からインスピレーションを得たもの。「No Reaction」は真面目なSFではもう取り上げられなくなった透明人間を「物理学」に即して描いた「科学小説」である。

 著者の作品は淡々としたものが多い。小さなエピソードが順番に並べられ、その総体が一つの小説となるのだが、派手なアクションや場面転換は(おそらく意図的に)設けられていない。これは長編でも短編でも同様のようだ。主人公も、状況を受け入れた諦観者や、冷静で論理的な科学者たちなのである。ただ、書き下ろしの表題作「人間たちの話」は少し違う。冷静な科学者が養う、姉から疎んじられ自身の存在に疑念を抱く甥っ子と、生命と非生命との間で揺れる火星の有機分子が物語の中で絡み合い、お互い相乗効果を上げているのだ。