梶尾真治『おもいでマシン』新潮社

カバー装画:456
カバーデザイン:鈴木久美

 梶尾真治によるショートショート集。あとがきにもあるが、ショートショートだけを集めた著者の作品集はほとんどなく、これまで『有機戦士バイオム』(1989)があるだけだった。本書は、熊本の地酒メーカー高橋酒造が運営する自社ホームページで、カジシンエッセイとして掲載されたショートショート(エッセイだけではなく小説も載る)から40編をセレクトしたものである。1作6枚と短いため「1話3分の超短編集」と、読みやすさをアピールする副題がついている。

 本音商会:本音商会に取り憑かれてしまうとどうなるか、サタンの下請け:願いを叶えるサタンを召喚すると、祖母山のできごと:日が暮れた登山道に何かがいる、おもいでマシン:おもいでを具現化する装置が稼働する、正月を捕まえる:いたずらで「正月」を捕まえようとした少年たち、大井川の奇蹟:遅刻しそうになった男を救う思いがけない存在、忘れな草お姉さん:自分の成長につれ何度も出会うお姉さん、先輩がミャオ:愛猫と暮らしていたはずの先輩が変貌する、宇宙船降臨:宇宙船から現われたのは宇宙人ではなく、嘘つき村のエイプリル・フール:誰もが嘘つきの村で嘘をついていい日とは。

 福を迎えに:初詣でお願いするより効果がある方法、伝説の食堂:恋人に連れられて入った古ぼけた食堂、ペットショップのお薦め:SNSウケのためペットを飼おうとした、完璧な殺し屋:完全犯罪が可能な殺人方法とは、おとぎ苑にて:有名人だった父親が住むケアハウスの入所者たち、今日は何の日?:妻は毎日その日の由来を質問してくる、一人おいての男:誰の記憶にも残らない男がいた、根子岳の猫屋敷:山奥に恐ろしい伝説の猫屋敷があった、父のAI:口うるさい父も年老い認知症を患うようになった、ナマハゲ・サミット:世界中の来訪神を集めたサミットが開かれる。

 世の中リモコン:ボタンが付いた不思議な板を拾う、やみつき:キャラ人形にお金をつぎ込み熱中する夫の本心、母の日のできごと:今日は白いカーネーションを買う日だと思い出す、しんえんくん:かつて勇者だったぼくは山中で黒いものに遭遇する、鬼童岳の霧女:霧が立ちこめた山道で2人の女性の声を聞く、哀しきアムネジア:忘れ物のことを教えてくれる誰かの声、背後で響くもの:人生に深みを与えてくれる商品とは、根子島の呪われた月:昔から夜間出歩くことを禁じられた月があった、無神教のお誘い:無神教への入信を勧められる、運命の朝:遅刻しそうになり学校へ急いでいると曲がり角で女の子と。

 悪魔の温泉:山奥に誰も知らない秘湯があるらしい、父を知る:亡くなってから知る父親の職業は、貧乏神警報:お金が出ていくばかりのできごとが重なる、バレンタインの獣!:その日にチョコレートを贈るようになったわけ、奇妙な写真:しだいに鮮明になる何かが写っている、本当は怖い桃の節句:ひな人形を欲しがる娘に話したこと、ショート・ショートの主題と構造:どうすれば面白いショートショートを書けるのか、理想の伴侶:理想と思った彼女には強いこだわりがあった、こんなお仕事:愚痴を言い合う酒席に奇妙な仕事の売り込みがやってくる、ママのくるま:幼い息子のため車載AIに亡くなったママのデータを入れる。

 備忘録もかねて40編をメモしてみた(オチは含まれません)。

 本書の作品はトラディショナルな形式、星新一やフレドリック・ブラウンなどで良く知られたショートショートのスタイルで書かれている。著者自身も「ショート・ショートの主題と構造」で書いているとおりだ。短いとはいえ6枚(2400字)あるので、明確な起承転結も付けられ、読者にとって読みやすい長さだろう。

 SF(珍発明ものAIなど)もだが、ホラー(著者の山歩き経験や、ローカルな地名を反映したものが多い)や、ふんわりとしたエマノン風人情話が印象に残る。初恋のころ老いた親のこと家族の秘密など、著者の思いが伝わってくるようだ。忙しない世の中では短い作品が求められている(特に電子媒体では)。正統派ショートショートも、「昔ながら」ではなく、むしろ「いま」にフィットするのかもしれない。

『100文字SF』評者のレビュー

竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』早川書房

装画:sirakaba
装幀:野条友史(BALCOLONY.)

 2020年の第8回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した、竹田人造による受賞後初の書下ろし長編である。優秀賞作品では、ヤクザ+ハッカーがいかにAI現金輸送車やカジノを騙すかだったが、本書ではイケメン(理由がある)弁護士+ハッカーがいかにAI裁判官を騙すかが描かれる。

 舞台は近未来の日本。「誤解なく、偏見なく、正義を正確に執行する」としてAI裁判官制度が導入される。そんな司法制度大変革の渦中で、主人公は魔法使いと呼ばれる特殊な存在になった。何しろ、明らかに負けると思われる裁判を片端から覆す不敗の弁護士なのだ。

 物語は4つのCaseに別れている。その一つ一つに新たな登場人物が現われる。重要容疑者で犯人に間違いないと疑われる直感的天才(見かけは頼りない青年)、AI制御の義足に絡む人身事故で故意に不具合を混入させたとされる科学者(一見だらしなく無気力)、そして、主人公の旧友はライバルの検察官として弁護士の前に立ち塞がる。千手観音みたいな悪役も出てきて、前作よりキャラはかなり派手になっている(リアリティはあえて捨て、コミカルさを強調している)。独立したエピソードが並列に置かれたあと、伏線を最終章で一気に解明するスタイルも、前作と同じながらブラッシュアップされている。

 本書は意志を持ったAIと人間が「直接対決」する法廷サスペンスではない。この時代のAIが、現状より大きく進歩しているようには描かれないからだ。要するに超多次元のパターン認識マシンなので、われわれが空想するような超越的意志は持ち得ない。しかも、セキュリティ上の課題すらある。デフォルメされてはいるが、いま行われているシステム対ハッカーの攻防を近未来に投影したものなのだ。

 主人公は独特のパラメータを駆使して裁判官を攪乱しつつ、証拠を固めるために直感的な天才青年や、敵なのか味方なのかも分からない科学者らの助けを借りる。隠された事件や動機も出てきて、その人間ドラマが読ませどころだろう。サブキャラが主人公を抑えて一人称で語り出すなど、ちょっと暴走気味だが、著者のエンタメの才能が存分に発揮された作品といえる。

サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』竹書房

Sooner or Later Everything Falls Into the Sea,2019(市田泉訳)

イラスト:カチナツミ
デザイン:坂野公一(welle design)

 雑誌(Web版も含む)掲載作をまとめたサラ・ピンスカーの第一短編集である。本書は2020年のフィリップ・K・ディック賞を受賞し、2014年シオドア・スタージョン記念賞短篇部門受賞作「深淵をあとに歓喜して」、2016年ネビュラ賞ノヴェレット部門受賞作「オープン・ロードの聖母様」など13作品を含む。

 一筋に伸びる二車線のハイウェイ:事故で失った右腕は義手に置き換わり、BMIで脳と繋がっているはずなのだが、なぜかそこにはハイウェイがあるのだ。
 そしてわれらは暗闇の中:妊娠を諦めていた主人公は夢の中でベビーを手にする。ベビーは順調に育っていく。
 記憶が戻る日(リメンバリー・デイ):いつもママは今日が何の日か思い出さない。その日はパレードがあるのに。
 いずれすべては海の中に:満潮の浜辺に人が打ち上げられる。豪華船で演奏していたロックスターなのだという。
 彼女の低いハム音:本物のおばあちゃんの代わりになる、人工的なおばあちゃんをお父さんが作ってくれる。だが、そんな生活は長く続かない。
 死者との対話:AI付きの模型ハウスで、殺人事件があった屋敷を再現する仕事は、アルバイトには最適と思えたが。
 時間流民のためのシュウェル・ホーム:ホームに収容されている人びとは、さまざまな過去を見ることができた。
 深淵をあとに歓喜して:夢の多い建築家だった夫は、ある仕事を契機に熱意を急に失ってしまう。老境に入った妻は、夫が脳梗塞で倒れたあとその理由を突き止めようとする。
 孤独な船乗りはだれ一人:港の沖の島にセイレーンが棲み着く。出港できなくなった船乗りたちは、子どもなら歌声に惑わされないと考えつく。
 風はさまよう:世代宇宙船の中で生まれた子どもたちは、地球の文化に興味が向かない。しかし、その文化の記録は一度失われたものだった。
 オープン・ロードの聖母様:配信型のホロコンサートばかりになった世界で、ライブを捨てきれないバンドメンバーは、おんぼろ車に機材を詰め込みツアーを続ける。
 イッカク:くじら形の改造車を母親から相続した依頼人に雇われ、主人公は長距離ドライブの運転手を勤めることになる。
 そして(Nマイナス1)人しかいなくなった:カナダ東部の孤島でユニークなコンベンションが開かれる。何しろ200人のサラ・ピンスカーが集うというのだ。

 掌編級の短編から長中編までさまざまだが、説明は最小限、オープンエンドで締めるケリー・リンク風なのは共通している(本書はリンクが主催する小出版社スモール・ビア・プレスから出た)。そこにSF的なタームやできごとが、さりげなく挟み込まれるのだ。何か不穏な事件が起こって悲惨な結果を招いたらしい、だがその原因は明らかにされない。なぜかハイウェイがあり、どこかで戦争があり、世界は破滅しつつあるようで、ホームの正体は分からず、改造車の秘密は匂わされるだけで終わる。

 音楽は複数の作品で言及される重要なツールだ。「オープン・ロードの聖母様」は後に長編化され『新しい時代への歌』になった。「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」からは「吉田同名」+クリスティ、加えてコニー・ウィリスばりのユーモアがうかがえる。悲劇的でもあくまでもポジティヴ、背景からアメリカンロックのリズムが聞こえてくる。

日本SF作家クラブ編『2084年のSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブ編のアンソロジイ。昨年出た『ポストコロナのSF』の姉妹編で、前回からの作家の重複はない。冒頭の福田和代や話題の逢坂冬馬ら、作家クラブ外のメンバーを含む全部で23編を収録する。

【仮想】
 福田和代「タイスケヒトリソラノナカ」行方不明になったVR依存症の入院患者を老刑事が追う。青木和「Alisa」生活と不可分なAIアシスタント網が、頻繁に不具合を起こすようになった。三方行成「自分の墓で泣いてください」延々と葬儀の続く「仮葬空間」にはバンシーやニンジャ、そしてゾンビたちがいる。
【社会】
 逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」疲労を自動回復するシステムが一般化し、人生の3分の1を占める睡眠がなくても働き続けられる超高度生産社会が到来した。久永実木彦「男性撤廃」生殖に男性は不要となり女性だけの社会となったが、冷凍保存された男性を解凍するか抹殺かの議論が白熱する。空木春宵「R_R_」ヒトの心身への悪影響を理由にビート(拍動)が禁止された社会で、主人公はある日リズムをきざむ少女と出会う。
【認知】
 門田充宏「情動の棺」情動コントロールが常識となると、人はたとえ目の前で流血の惨事が起こっても動揺しなくなる。麦原遼「カーテン」脳神経の深刻な損傷事故を受けた被害者のうち、多くは冷凍睡眠による治療により回復したが、数学的な直感を失ってしまったものもいた。竹田人造「見守りカメラ is watching you」老人ホームに閉じ込められた92歳の老人は何度も脱走を図り、そのたびにドローンやロボットたちに阻止される。安野貴博「フリーフォール」思考加速技術は究極まで高められ、一般的なものなら10倍、最大で10の8乗倍に達していた。
【環境】

 櫻木みわ「春、マザーレイクで」むかし琵琶湖と呼ばれた湖の中にある孤島に、外を知らない数千人の人々が暮らしていた。揚羽はな「The Plastic World」プラスチック汚染の切り札と考えられた分解菌は、あらゆるプラスチックを食べて社会を崩壊させる。池澤春菜「祖母の揺籠」太洋で30万人もの子供を育てるクラゲ状の祖母は、こうなるに至った過去の出来事を回想する。
【記憶】
 粕谷知世「黄金のさくらんぼ」列車待ちで何気なく入った博物館で、そこに展示されているサクランボのような小さな装置の説明を受ける。十三不塔「至聖所」若くして亡くなったスターの脳スキャンデータから、記憶の断片を復元する修復家が知ったこと。坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」サーカスがトレーラトラックで来たと思い込んだ兄弟二人が、郊外のテントの中で見たものとは。斜線堂有紀「BTTF葬送」1980年代の映画の上映会に集う人々は、これが最後の公開になると分かっている。
【宇宙】

 高野史緒「未来への言葉」月から地球への特急便を引き受けた運び屋は、その荷物を急ぐ意味に気がつく。吉田親司「上弦の中獄」中国が世界を支配し、月にも富裕層の楽園が設けられたパラレルワールドの未来。人間六度「星の恋バナ」超巨大怪獣と戦う全長26キロの巨大ロボット、操るパイロットは女子高生だった。
【火星】
 草野原々「かえるのからだのかたち」人間による開発が失敗した火星植民都市は、かえるの細胞を使った人工生物によって自動建設される。春暮康一「混沌を搔き回す」金星派と火星派が対立したテラフォーミング優先権争いは、火星の開発開始で決着がついたと思われたが。倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」火星を含むいくつかのフレーズからはじまる掌編小説の集合体。

 3-4編ごとに【仮想】~【火星】と、内容による小テーマが付けられている。あらかじめ決まっていたのかどうかは分からないが、読みやすくするため類似作品をまとめたのだろう。オーウェルの『1984年』があって百年後の『2084年』なのだから、政治的ディストピアがテーマになりそうなものなのに、そういう作品はほとんどない。

 まえがきにある「小説は事実よりずっと奇なり」という意味では、仮葬空間という奇妙な設定の三方行成、ボウイの引用と特異なルビが際立つ空木春宵、新たな「おじいちゃん」なのかと思わせる池澤春菜、なぜカエルなのかよく分からない草野原々、あたりが合致する作品だろう。

 630ページあっても、23人で分けるとどうしても枚数制限が出てくる。そのレギュレーションのためか、中編以上を得意とする作家は、ちょっと窮屈そうな印象がある。

 帯に「62年後のあなたは、この世界のどこかに生きている」とある。この場合のあなたの年齢はせいぜい40代前半ぐらいまで。自分など該当しないと思ったが、デジタル化して生きている可能性もなくはない(SFではもはや常識)。世の中何が起こるか分からないのである。