劉慈欣『流浪地球』/『老神介護』KADOKAWA

The Wondering Earth,2013(大森望、古市雅子訳)

装丁:須田杏菜
装画:Amir Zand

 2013年に出た劉慈欣の海外読者向け自選傑作選を、中国語の原典(複数の短編集に分かれている)から翻訳した作品集で、もともとの1冊本を2分割し並べ替えたものだ。2冊併せて600ページに及び、11編の中編級作品が並ぶ。短いものが多かった作品集『円』とはその点が異なる。

流浪地球
 流浪地球(2000)太陽に異変の兆候が観測される。ヘリウムフラッシュを起こし、地球を焼き尽くす恐れがあるのだ。そこで人類は惑星丸ごとの太陽系脱出を決意する。
 ミクロ紀元(1999)相対論的時間経過により膨大な年月が経過した未来、最後の恒星間探査機が還ってくる。しかし帰還した地球は荒廃し、誰もいないように思われた。
 呑食者(2002)呑食者が来る! 資源を何もかもむさぼり尽くす巨大宇宙船が地球にやってくる。警告を受けた人類はある秘策に打って出るが。(「詩雲」の前日譚)
 呪い5.0(2009)個人的な怨恨から始まったコンピュータ・ウイルス「呪い」は、あるときそのパラメータを書き換えられ、恐るべき存在ヘと変貌する。
 中国太陽(2001)中国寒村の貧農だった主人公は、出稼ぎ先の都会で知り合ったある男との縁で、静止軌道に浮かぶ「中国太陽」で働くようになる。
 山(2005)突如現われた月サイズの異星船の重力で、海面は9100メートルも持ち上がる。チョモランマで友を失った主人公は、海山の頂を目指して単独登頂を試みるが。

老神介護
 老神介護(2004)空を埋め尽くす巨大宇宙船から降りてきたのは、人そっくりの老人大集団だった。しかも、彼らは自分たちが人類にとって「神」だと自称するのだ。
 扶養人類(2005)殺し屋が請け負った仕事は何とも奇妙だった。ターゲットは、極貧の浮浪者なのだ。それには「神」に続けてやってくる「兄」たちが関係していた。
 白亜紀往事(2004)白亜紀に文明化した恐竜たちは、その文明を支えるために、蟻たちとの共存が欠かせなかった。しかし、2つの文明は深刻な対立に至る。
 彼女の眼を連れて(1999)宇宙勤務が明け、地上休暇を取るときは他人の「眼」を連れていく。経費を節約するためだ。だが、今回の「眼」の持ち主はどこか変わっていた。
 地球大砲(2003)不治の病を治療するため長い人工冬眠から目覚めた主人公は、環境の激変に驚く。しかも、自分までが理不尽なリンチに晒される。一体何が起こったのか。

 前半の標題作「流浪地球」は、中国初のブロックバスター映画「流転の地球」の原作である(ただし、小説と映画は筋書きが大きく違う)。「白亜紀往事」「呑食者」(「詩雲」)、「彼女の眼を連れて」「地球大砲」「山」、「老神介護」「扶養人類」と設定を共通化した作品が多い。とはいえ、単純な続編やシリーズものではない。ユーモラスな「老神介護」とハードボイルドな「扶養人類」のように、作風をがらりと変えて読者を飽きさせない。登場する敵にも一工夫あって、たとえば呑食者は(人類からみて)最凶の天敵ではあるが、どこか憎めない弱さも併せ持つ。

 「中国太陽」は田舎の無学な農夫が、ついに宇宙(鏡面)農夫となる出世物語だが、(社会的な地位や財産など)ゼロからでもチャンスは掴めるという、本来の意味での中国の夢(チャイナ・ドリーム)ものといえる。「地球大砲」や「山」の主人公も、絶望に沈むのではなく同様の希望を抱いている。劉慈欣の魅力は、設定やアイデアの壮大さばかりではなく、その大きさに負けない未来への展望にあると再認識できる。