冬木糸一『SF超入門』ダイヤモンド社/池澤春菜監修『現代SF小説ガイドブック』Pヴァイン

ブックデザイン:小口翔平+後藤司(tobufune)

 すべての現実はSF化した
 支配者(パワープレイヤー)たちの頭の中を知れ
 単なる「予測」を超える「物語」の想像力
 (抜粋)

 科学読み物として、最先端のキーワードを知るためのベスト/小説として、時代を超えて読まれるべきベスト/の2つの視点から、56作品(シリーズ)を選びました。古典から現代の作品まで、できる限り時代を超えて網羅的に紹介しています。17の最新キーワードごとに分類、切り取ることで、既存のSFガイドブックと異なる構成となっています。

はじめに(冬木糸一)

 強烈なキャッチが並ぶ。イーロン・マスクやビル・ゲイツら、著名起業家が愛読していたこともあって、GAFAMの時代のSFはこれまでとは異なる視点で注目を集めている。本書もビジネス書のダイヤモンド社から出たものだ。ただし、煽り文句に反して内容はむしろオーソドックスなものといえる。

Part1 最新の「テクノロジー」を知る
 Chapter1 仮想世界・メタバース
 『ニューロマンサー』『スノウ・クラッシュ』『セルフ・クラフト・ワールド』《Wシリーズ》
 Chapter2 人工知能・ロボット
 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『われはロボット』『BEATLESS』
 Chapter3 不死・医療
 『透明性』『円弧(アーク)』『ハーモニー』
 Chapter4 生物工学
 『ジュラシック・パーク』『わたしを離さないで』『ブラッド・ミュージック』『宇宙・肉体・悪魔』『フランケンシュタイン』
 Chapter5 宇宙開発
 《レディ・アストロノート三部作》『七人のイヴ』『青い海の宇宙港』
 Chapter6 軌道エレベーター
 『楽園の泉』
Part2 必ず起こる「災害」を知る
 Chapter7 地震・火山噴火
 『日本沈没』『死都日本』『富士山噴火』
 Chapter8 感染症
 『復活の日』『天冥の標II 救世群』『新しい時代への歌』
 Chapter9 気候変動
 『蜜蜂』『神の水』『2084年報告書 地球温暖化の口述記録』
 Chapter10 戦争
 『地球の平和』『渚にて』《戦闘妖精 雪風シリーズ》『スローターハウス5』
 Chapter11 宇宙災害
 『神の鉄槌』『地球移動作戦』『赤いオーロラの街で』
Part3 「人間社会の末路」を知る
 Chapter12 管理社会・未来の政治
 『一九八四年』『すばらしい新世界』『ザ・サークル』
 Chapter13 ジェンダー
 『闇の左手』『侍女の物語』『徴産制』
 Chapter14 マインドアップロード
 『ゼンデギ』『順列都市』『都市と星』
 Chapter15 時間
 《オックスフォード大学史学部シリーズ》『キンドレッド』『高い城の男』
 Chapter16 ファーストコンタクト
 《三体三部作》『ブラインドサイト』『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『幼年期の終わり』
 Chapter17 地球外生命・宇宙生物学
 『ソラリス』『時の子供たち』『竜の卵』『銀河ヒッチハイク・ガイド』『スターメイカー』

 以上、シリーズものも1つと数えて、全56項目になる(49作家、クラークが4作品で最も多い)。比較的近作を中心に、古典でも入手可能なものが選ばれているようだ(その点は『現代SF小説ガイドブック』と同じである)。ゆったりとしたレイアウトながら、430ページ(原稿用紙換算700枚余)もあるため、内容紹介は十分なされている。昔ながらのテーマ別分類で、身近なテクノロジー(メタバース、AI、生命科学、宇宙開発)からはじめて、天災から戦争までの災害、未来の管理社会や地球外生命と、しだいに日常から遠く離れていくという読みやすい構成になっている。

(Amazon書籍紹介より引用)

 議論が生じるとすれば、本書に付属する「SF沼の地図」という4象限マップだろう。縦軸(x軸)にFiction、横軸(y軸)にScienceを置き、(x,y)=第1象限(light,scientific)、第2象限(light,speculative)、第3象限(heavy,speculative)、第4象限(heavy,scientific)と分けSF作品をマップしている。こういう4象限マップは、ビジネスの世界でポートフォリオ分析としてよく用いられる。自社の位置がどこにあり、どういう強みと弱みがあり、今後どの方向に進むべきかの指標とするためだ。たいてい第1象限がベスト(あるべき姿)、第3象限がワースト(撤退すべき領域)となる。

 しかし、著者はxy軸に2つの意味を持たせている。たとえば、fictionのlight(リーダビリティー高い?)は上にあるが、下側のheavy(概念的/抽象的で難易度高い?)に勝るとはしていない。science軸も同様だ。ではこのマップに置かれたSFには、どういう意味があるのか。第1象限(右上)=科学的で読みやすい、第3象限(左下)=思索的で抽象度が高いとすると、入門者はまず第1象限を選ぶだろう(同じ読みやすさでも、第2象限は作品が少なすぎる)。実際、第1象限にある『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が最初に読む本として推奨されている。

 とはいえ『幼年期の終わり』と『竜の卵』がfiction軸のゼロ点(中央)で、かつscience軸の左右両端にあったり、『スターメイカー』がscience軸のゼロ点にあるというのは、ちょっと違和感のある位置付けと思える。『宇宙・肉体・悪魔』(第4象限の右下)と『スターメイカー』や『幼年期の終わり』は1つのくくりとみなすことができるからだ。冬木糸一が自身の原点だとする『戦闘妖精 雪風(改)』をxy軸の交差するゼロゼロ点(基準点)に置き、そこから相対的な位置に作品を並べれば、もっと納得できたかもしれない。小説は絶対座標など持たないので、相対的にしか比較できないのだ。

デザイン:北村卓也

【今、ここ】の作家を優先。
 過去の素晴らしい作家でも、今、本が手に入るかどうかを考える。もしくは今につながる流れの中にいるかどうか。
(中略)その上で、作家紹介のライター陣はなるべく新しい、やる気のある人にお願いする。
(中略)つまり、徹底して、今のSFを知るための1冊、という切り口になった。

まえがき(池澤春菜)

 目次は以下のようになっている。歴史概説があって、作家紹介、世界の状況、映像ジャンルとの関係やSF大会、ファンジン、出版社の内幕まであり、総合的な入門書として体裁は整っている。

はじめに(池澤春菜)
SF史概説(牧眞司)
作家紹介(海外)
 オクテイヴィア・E・バトラー/N・K・ジェミシン/メアリ・ロビネット・コワル/ケン・リュウ/パオロ・バチガルピ/アンディ・ウィアー/シルヴァン・ヌーヴェル/テッド・チャン/グレッグ・イーガン/劉慈欣(以上、見開き紹介)
 アン・レッキー/ジェフ・ヴァンダミア/チャイナ・ミエヴィル/コニー・ウィリス/サラ・ピンスカー/アーシュラ・K・ル・グウィン/ロイス・マクマスター・ビジョルド/ジョー・ウォルトン/ピーター・トライアス/ユーン・ハ・リー/キジ・ジョンスン/マーサ・ウェルズ/ニール・スティーヴンスン/フィリップ・リーヴ/ピーター・ワッツ/アーカディ・マーティーン/アイザック・アシモフ/クリストファー・プリースト/キム・ヨチョプ/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/ラヴィ・ティドハー/ンネディ・オコラフォー/J・P・ホーガン/バリントン・J・ベイリー/コードウェイナー・スミス/ウィリアム・ギブスン/ロバート・A・ハインライン/カート・ヴォネガット・ジュニア/J・G・バラード/エイドリアン・チャイコフスキー/R・A・ラファティ/スタニスワフ・レム/アリエット・ド・ボダール/アレステア・レナルズ/オースン・スコット・カード/アーサー・C・クラーク/P・K・ディック/チャーリー・ジェーン・アンダーズ/マーガレット・アトウッド/カズオ・イシグロ(単ページ紹介)
近年の日本SF(小川哲)
作家紹介(国内)
 柴田勝家/伊藤計劃/飛浩隆/伴名練/酉島伝法/小川哲/藤井太洋/円城塔/高山羽根子/宮内悠介(見開き紹介)
 山本弘/春暮康一/三島浩司/上田早夕里/柞刈湯葉/津久井五月/田中芳樹/菅浩江/津原泰水/谷甲州/小林泰三/新井素子/月村了衛/森岡浩之/野﨑まど/林譲治/冲方丁/小川一水/宮澤伊織/石川宗生/長谷敏司/牧野修/上遠野浩平/小松左京/星新一/筒井康隆/光瀬龍/眉村卓/夢枕獏/神林長平/梶尾真治/山田正紀/空木春宵/新城カズマ/樋口恭介/北野勇作/草野原々/オキシタケヒコ/ユキミ・オガワ/高島雄哉(単ページ紹介)
ガイド
 花開くアジアのSF(立原透耶)
 非英語圏SF(橋本輝幸)
 アンソロジーのすすめ(日下三蔵)
 最新SF小説原作映像化事情(堺三保)
 ライトノベルに確固たるジャンル築くSF(タニグチリウイチ)
コラム
 アフロフューチャリズムとは(丸屋九兵衛)
 現代日本のジェンダーSF(水上文)
 ゲンロン 大森望 SF創作講座(大森望)
 世界のSF賞(大森望)
 プロ/アマの垣根を超えたウェブジンとファンジンの世界(井上彼方)
 SFファンダムとコンベンション(藤井太洋)
 対話のためのSFプロトタイピング(宮本道人)
 SF編集者座談会──そこが知りたい翻訳SF出版

 21世紀になってから本格紹介された、非白人/マイノリティなど新しい作家たち、ケン・リュウ/テッド・チャン/イーガンなど新定番作家を含める一方、アシモフ/クラーク/ハインライン、バラード/レム、コードウェイナー・スミス/ティプトリーや、ビジョルド/ホーガンなど旧定番作家も落とさないというバランス感覚のある選択。日本作家でも同様で、草創期の第1世代、中堅から新世代の各種文学賞作家と、広い範囲を(漏れなくとまでは言えないにせよ)カバーしている。その点は抜かりなく考えられていると思う。

 経歴/受賞歴/書誌など、データ記述にばらつきがあるのが気になるものの、そもそも割り当て枚数が原稿用紙3枚(見開き2ページ)~短いものは1枚ちょっとと少ないのが制約になっている。ページ数200ページ弱(300枚余)に、作家100人紹介+コラム・サマリー(ガイド)15編と盛りだくさんな記事が詰め込まれているからだ。あくまでも触りを知るためのガイドブックなので、自分好みの作家を選ぶ起点にしてくれ、というスタンスなのだろう。

 書き手は1990年~ゼロ年代生まれの若手中心でフレッシュだ。コラムやガイド記事に一部ベテランが顔を出すが、いっそのこと50歳以上はすっきりオミットした方が趣旨通り(今、ここ)でよかったかもしれない。ところで、活動年代でも年齢順でも50音順でもない、この作家掲載順序には何か意味があるのだろうか。何らかのスコアに基づいているのかもしれないが。