6月に出た『Voyage 想像見聞録』は、小説現代2021年1月号~4月号に掲載された「旅」をテーマとする連作6編を収めたもの。もう一冊の『短編宇宙』は1月に出た《集英社文庫短編アンソロジイ》の一冊で、7編中5作は書下ろしである。新作のSF短編が読める媒体というと、いまや隔月刊のSFマガジンと不定期刊のアンソロジイGenesisやNOVAしかない。しかし、ジャンルにこだわらずに探せば、アンソロジイなら他社からも複数出ている。特にこの2冊ではSFが過半を占めている。遅ればせながら読んでみた。
Voyage 想像見聞録
宮内悠介「国境の子」少し未来のいつか。対馬出身の主人公は、故郷を離れ東京でデザイナーとして働くようになった。ただ、自分が韓国人とのハーフであることを、どこかネガティブに感じている。
藤井太洋「月の高さ」小劇団の舞台装置を運搬するベテランは、若いスタッフに対する急な変更要請に翻弄されながら、台湾で見た月の高さを思い出す。
小川哲「ちょっとした奇跡」もう一つの月が軌道に進入し、自転と公転とが一致するなど大変貌した地球。トワイライトゾーンに留まるように地表を動く2隻の船だけが、人類に残された最後の居住スペースだった。
深緑野分「水星号は移動する」高級ホテルが立ち並ぶ宇宙空港の町では、無許可の宿は禁止されている。しかし、トレーラー式の水星号は移動する宿なのだ。
森晶麿「グレーテルの帰還」めったに旅行などしない家族だったが、ある夏休みに急に祖母の家に旅行することになる。祖母は父の子である兄を可愛がるのに、再婚した母の連れ子である自分には冷たい。
石川宗生「シャカシャカ」世界中が、小さな区画単位に「シャカシャカ」という現象でばらばらにシャッフルされてしまう。姉弟の兄弟は、不定期に起こる超常現象により世界を漂流する。
短編宇宙
加納朋子「南の十字に会いに行く」* 突然、父が石垣島への旅行を決める。あまり気乗りしない娘は、訝りながらも観光を愉しもうとするが、父には別の目的があるようだった
寺地はるな「惑星マスコ」わたしは異星人と呼ばれていた。他人に理解してもらえないことが多かったからだ。そんなわたしは田舎に転居した姉夫婦のところで、一人の小学生と知り合う。
深緑野分「空へ昇る」土塊昇天現象とは、地面に突然穴があき土壌が宇宙に舞い上がっていくこと。土は軌道上に広がり輪を構成していく。地表には無数の穴が穿たれる。
酉島伝法「惑い星」宇宙に生まれた新星児は、やがて親星の軌道を離れ、後に旺星と呼ばれるようになる。生まれてから消滅するまでの星の一生。
雪舟えま「アンテュルディエン?」予備校生である主人公は、高校時代から人気者だった友人にひそかに心を寄せる。それから、街中で有名人との意外な出会いがある。
宮澤伊織「キリング・ベクトル」* 目覚めたばかりの主人公は、いきなり異星人との戦闘に巻き込まれる。その結果、自分が殺し屋のスキルを有していると分かるのだが、過去の記憶は一切なかった。
川端裕人「小さな家と生きものの木」主人公は電波望遠鏡を使う国際研究チームのリーダーだ。出張がままならないため、チームのメンバーはリモートで勤務している。主人公も自宅だが、娘の幼稚園児と話す中で生命と宇宙進化に思いを馳せる。
*:小説すばる2017年6月号 特集「宇宙と星空と小説と」に掲載
『Voyage 想像見聞録』の宮内悠介、藤井太洋は自身の体験から生まれた(と思われる)リアルなお話。森晶麿はミステリ色が濃く、深緑野分は近未来を舞台にした新しい生き方を描く。完全にSFといえるのは、小川哲のめずらしくハードな設定(『逆転世界』や『移動都市』風)の作品と、世界が空間的にばらけてしまう(『10月1日では遅すぎる』や『時の眼』風)石川宗生によるユーモラスな作品だ。
一方の『短編宇宙』の加納朋子、寺地はるなの作品は、日常描写からちょっとだけ宇宙に近いものが顔を覗かせる。雪舟えまも、結末付近で日常を越えたものが姿を見せる。深緑野分(超常的な物理現象)、酉島伝法(惑星の擬人化)はかなり抽象度の高いSF、逆に宮澤伊織はストレートなアクションSFだろう。川端裕人は科学と日常とをシームレスにつなぐ、自身のノンフィクションをイメージしたソフトな作品。
一般小説誌が、SFやファンタジイを意図した特集をよく組んでいたのが数年前、今ではノンジャンルの作品と入り交じって載っている。結果としてSFは拡散していくのだが、昔あった読みやすい中間小説誌向けSFではなく、コアが溶けずにそのまま残る濃厚なSFが多くなった(上記でいえば、小川哲、石川宗生、深緑野分、酉島伝法、宮澤伊織らの諸作)。半世紀を経た「浸透と拡散」が熟成化(熟成肉化?)する時代なのだろう。