スティーヴン・キング『チャックの数奇な人生/もし血が流れれば』文藝春秋

If It Bleeds,2020(安野玲/高山真由美訳、白石朗/安野玲訳)

装画:藤田新策
装幀:石崎健太郎

 2020年に出たキングの中編集である。キングの中編集はこれまでたくさん翻訳されてきたが、長編級の長さのものを含むので全1冊で翻訳されたことはない(日本オリジナルの作品集などは除く)。本書も、短めの2作品を含む『チャックの数奇な人生』と、長編並み作品を含む『もし血が流れれば』の2分冊に別れる。前者の収録作は映画化されており「サンキュー、チャック」公開に併せて刊行されたようだ(もう1作は2022年の「ハリガン氏の電話」で既に公開済み)。

 ハリガンさんの電話:ありふれた田舎町に、隠遁した富豪の老人(ハリガンさん)が住む邸宅がある。大金持ちのようだがハイテク嫌いで最小限の人しか雇わない。少年は老人に気に入られ、偶然得たお金でスマホをプレゼントする。
 チャックの数奇な人生:世界が壊れていく。どうやら破滅が近づいているようだった。そんな世界に奇妙なビルボード(広告)が現われるようになる。キャッチコピーは「39年のすばらしき歳月! ありがとう、チャック!」なのだった。
 もし血が流れれば:ピッツバーグ近郊にある中学校にクリスマスの荷物が届けられる。しかし、それは悲惨な爆発事件を招き、生徒や教員ら多数を死傷させた。犯行は計画的だったが、主人公は手口に不自然さを感じ取る。
 ラット:大学で創作を教える作家は、短編では多少名を知られていたが長編を完成できずにいた。思い悩んで深刻な精神的ダメージを負ったこともある。しかし、物語が難なく浮かび上がる今度こそ書けるように思えた。

 古典的なホラーネタがベースにある「ハリガンさんの電話」と「ラット」、SFで書けば短編のオチとも思える「チャックの数奇な人生」は、アイデア面で見るとちょっと弱いかもしれない。また、「もし血が流れれば」の探偵ホリー・ギブニーは、キングお気に入りの登場人物で『アウトサイダー』などでおなじみ。敵も(まったく同じではないが)再登場である。「ラット」のバンガローにこもる書けない作家は、『シャイニング』以降何度もみかける。とはいえ、アイデアの新奇性は(現在の)キングが目指すものではないだろう。結末の予想がつくのに、ページを繰る手は止められない。本来「不安」を誘うホラーとは矛盾するかもしれないが、ストーリーテリングを「安心」して愉しめる円熟味こそが著者の本領なのだ。