石川宗生『ホテル・アルカディア』集英社

(註:この書籍はFREE PREVIEWには対応していません)

装幀:川名潤

 3月に出た本。著者初の長編とあるが、小説すばる本誌および同ホームページに連載された20枚余の短編・ショートショート19編に、10編の書下ろしを組み合わせたオムニバス、ハイブリッドな長編小説である。

 愛のアトラス:ホテル〈アルカディア〉では、コテージに閉じこもる支配人の娘に捧げるため、7人の芸術家たちが作品を持ち寄る。以下6つの物語が続く。性のアトラス:うら寂れた死者の日に、壁新聞「プリズマ」に由来する朗読会に誘われる作家。以下5つの物語が続く。死生のアトラス:石の本やクラリネットらが、何の夢を見たかを語り合う。その材質や音を、声を、詰め込まれるさまざまなものを。以下4つの物語が続く。文化のアトラス:山間の町アルカディアに、巨大な丸屋根に支えられた箱庭アトラスがあった。そこには村人が書いた無数の物語がちりばめられている。以下3つの物語が続く。都市のアトラス:旅路の果てにたどり着いた街は、断崖につり下がって造られていた。次の都市はハノプティコンのようで……以下2つの物語が続く。時のアトラス:荒野にある舞台で量子サイコロを振る登場人物たち。以下1つの物語がある。世界のアトラス:廃墟となったホテル〈アルカディア〉を巡る観光客と案内人。最後に7人の芸術家による、7つの物語の結末が置かれる。

 以上7つのアトラスの章と、最終章7つの結末からなる長編ということになる。ただし、各章テーマの解題的な冒頭書下ろし部分はともかく、挟まれている短編自体はテーマからほぼ独立している。本来の意味でのオムニバス長編といえるだろう。

 初短編集だった『半分世界』と比べても、19編の短編は(より短い分)奇想の度合いが先鋭化されている。物語を肉体にタイプしてもらう店、体の中から現れるマイクロサイズの動物たち、恋人がモノのようだったり、法螺吹きだったり、挿絵だったり、降臨する天使(のような姿)だったりする。測りたがりの恋人、転校生が女神、夜空で星になった人々、極悪非道版ノアの箱舟、大河の果てにある国で起こる事件、誰をも魅了する音の顛末、他人には見えない運命の糸、雲をも突き抜ける超高層の建物、人々の人生シナリオを作り出すAI、時をも支配する王の行き着く果てと、とめどなく広がる。既存の文学作品へのオマージュがあり、寓話的なお話もあるが、大半は予備知識なしでそのまま楽しめる。

西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』筑摩書房

ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 3月に出た本。『飛行士と東京の雨の森』から8年ぶりの短編集である。前作の大半が書き下ろしだったのに対し、本書は表題作以外の9作品がアンソロジイ『NOVA』『文学ムック たべるのがおそい』など、さまざまな媒体で発表された作品である。

 行列(2010)空に子供が現れたのはお昼前のことだった。その後に、さまざまな人々や人でないものが続いていく。おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって(2019)東京を襲った地震の後、主人公は底なしの知識を持つ少年と知り合い議論をする。2人で地図を調べるうちに、やがて遺棄された図書館にたどり着く。箱(2002)その転校生は、風呂敷に包まれた箱をどこへ行くときでも持ち歩いていた。未知の鳥類がやってくるまで(書下ろし)嵐が近づいている週末、酔ったあげく主人公は大切な原稿を無くしてしまう。酔いが覚め、不安に襲われて街に出たあと、思わぬ体験をすることになる。東京の鈴木(2018)ある日東京の警視庁に謎のメールが届く。そこには予言めいた言葉と、トウキョウ ノ スズキとだけあった。ことわざ戦争(2019)争い合う東と西の国がお互いに代表を出し、詩の巧拙で勝負しようとする。廃園の昼餐(2013)生まれる前の胎児に意識が宿ったのだが、それは未来も過去もすべてを見渡せる全知の意識だった。母親の過去や父親の運命をも知っていた。スターマン(2017)自分が異星人だと言い張る男は、いつしかスターマンと呼ばれるようになる。開閉式(2012)主人公は扉を見ることができた。それは人のどこかに小さく取り付けられていて、開けることができるのだ。一生に二度(2017)二十年間変化に乏しい会社勤めをしてきた主人公には、止めどのない空想癖があった。

 「行列」「おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって」「箱」「東京の鈴木」「ことわざ戦争」「スターマン」「開閉式」など、30枚に満たない不思議な味のショートショートと、やや長め(といっても60枚ほど)で多重化された物語を含む表題作などの3編からなる。

 「未知の鳥類がやってくるまで」は、個人的で切迫した場面から始まる。主人公は出版社の校正係なのだが、著者の直しが入った校正原稿をどこかに忘れてしまう。大変な失態だと焦り、無謀にも台風接近の中をさまよい歩く。しかし、その途上で開いているレストランを見つけ、翌朝、今度は見知らぬカフェや早朝だけの映画館と出会う。そこは狭苦しい現実とはまったく違う、解放された世界なのだ。「一生に二度」でも、閉塞感を感じる主人公が登場する。空想癖で風景を改変して想像し、大学時代の友人(物語に書かれていないことが分かる、と称する)を思い出し、外国人の研究者とその人の研究内容を空想し、北欧での殺人事件へと続き、最後に一生の二度目に行き当たる。どちらの作品も、仮想・空想の世界が境界を越えて、現実・生きざまを変容させる物語だ。

野﨑まど『タイタン』講談社

(註:この書籍はFREE PREVIEWには対応していません)

book design:坂野公一(well design)
cover art:Adam Martinakis

 講談社のメフィスト(現在は電子版のみ)2019Vol.1、Vol.2、2020Vol.1に連載された野﨑まどの最新長編である。仕事という概念が希薄化した23世紀の世界を舞台に、タイタンと呼ばれる巨大人工知能と、1人の心理学者(仕事ではなく趣味)との交流を描いたものだ。

 23世紀、地球には12基のタイタンと呼ばれる人工知能が設置され、衣食住のすべてはタイタンにより賄われている。人々は、ただ望むことを命じるだけでよいのだ。貨幣経済はなくなり、労働により対価を稼ぐ仕事は過去のものとなった。主人公は古典的な心理学を趣味としており、その研究成果は多くのファンを得ていた。ところがある日、タイタンの一つコイオスの機能が低下している原因を、心理カウンセリングによって解明せよ、という《仕事》の要請を受ける。

 AI(ロボット)の心理分析となるとアシモフ以来の定番、(評者の書いたものもあるのだが)山田正紀『地球・精神分析記録』(1977)など、人類スケールのロボットネタも書かれてきた。しかし、本書のアプローチは異色で、巨大AIはまず人によるコンサルティングを受けるために幼い子どもの姿を取り、精神の成長とともに大人になっていく。

 未来がXX社会になれば、インフラや生活はすべてXXが担うので、人は一切働かなくてよくなる。人は自由な趣味を持ち、仕事上のストレスを抱くこともない。そういうユートピアのヴィジョンは、新たなテクノロジーが出現するたびに繰り返し口にされてきた(もちろん、ギリシャのような奴隷制貴族社会以外では実現しなかった)。だが、そもそも「働く」とはどういうことなのか。テクノロジーは奴隷の代わりなのか。本書では、宮澤賢治を引用してまで「労働」の意味を問い直すのだ。擬人的なAIを登場させながら、類作では見られないAIの深層心理を描く結末となっているのが面白い。

チャーリー・ジェーン・アンダース『空のあらゆる鳥を』東京創元社

All the Birds in the Sky、2016(市田泉訳)
装画:丸紅茜
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 著者は、SFブログ/オンラインマガジンの老舗io9(現在はGizmodoと1つになっている)創設者の一人で元編集長。中短編を中心とした著作が百編近くあり、2012年には中編がヒューゴー賞を受賞している。本書は初長編ながら、ネビュラ賞、ローカス賞(ファンタジイ長編部門)、クロフォード賞(IAFAファンタジイ賞)を受賞するなど高評価を得たものだ。現代を舞台に、ファンタジイとSF要素を巧みに組み合わせている。

 少女がいた。少女は、鳥たちが何を言っているのか聞き分けることができた。そして、迷い込んだ森の中で不思議な巨木にたどり着き、答えのない問いかけを受ける。少年がいた。コンピュータが得意な天才ハッカーで、2秒間だけのタイムマシンを密かに発明する。しかし、小柄で変わり者だったため、学校ではひどい虐めを受けていた。ある日学校に奇妙なカウンセラーが着任し、2人の将来は別々の方向に引き裂かれていく。

 少女は魔法使い(超常現象を扱う)、少年は天才科学者なのだが、2人とも家庭ではまったく理解されない。少女の両親は姉の言いなりで、妹である少女の希望を聞いてくれないし、少年の両親はお互い仲が悪く、少年とも進路を巡って対立している。2人は家を出て大人になり、地球環境を保全しようとする超能力者グループと、地球を捨てなければ人類は滅ぶと考える科学者グループとに属し、やがて激しく抗争する関係となる。

 一見「魔法(古いもの)対科学(新しいもの)」という昔ながらのテーマに思えるが、舞台が現代ということで、さまざまな社会問題との関連がつけられている。親から見れば、天才少年は引きこもりの問題児だし、魔法少女も要領のよい姉と比べて友人も少なく将来が不安だ。大人になってからはさらに深刻さは増す。少女は自然環境の破壊者に対し暴力で報復する過激派、一方の少年も独善的な倫理観で動く秘密プロジェクトに加担する。ある意味、親が恐れた通りになるのである。

 その一方、本書は、幼い頃に惹かれ合った少年と少女の、別れと再会の物語でもある。夢のようだった田舎時代の記憶が、破滅に近づいた世界の中で再びよみがえり、新たな意味を2人に与えるのだ。

小野美由紀『ピュア』早川書房

装画:佳嶋
装幀:早川書房デザイン室

 2013年からフリーライターとして活躍する著者には、エッセイや小説など、すでに数冊の著作があるが、本書の表題作が最初に書いた小説にあたるという。SFマガジン2019年6月号の掲載とともに、早川書房のnoteサイトで公開されると歴代1位の20万PVを記録、大きな話題となった。「ピュア」以外の4作はすべて書き下ろし。

「ピュア」それほど遠くない未来、国家連合は環境疲弊した地球でも生存可能な、遺伝子改変型人類を創ろうとした。その結果生まれた新人類は、鱗に覆われた女性だけの存在となる。しかも、新たな本能が芽生え、生殖の際に男を食らわないといられないのだ。「バースデー」性変容という技術が生まれ、男女間の性転換は簡単になった。夏休みのあと、女子高生である主人公の幼なじみは男になっていた。「To The Moon」地球人の遺伝子の中には「月人」のDNAが混じり込んでいる。月人化により行方不明となった高校時代の友人は、地球に帰ってきたが記憶は不確かだった。主人公は、思い出を探すための旅へと誘われる。「幻胎」父親に認めてもらうことだけを目指して勉学に励んだ娘は、不慮の事故で大けがを負い意欲を失ってしまう。だが、古代の人類を蘇らせるためのプロジェクトに卵子を提供し、再び協力しようとする。「エイジ」荒廃した地球に住む男の一人は、地下に残された書庫で本を読むことが生きがいだった。「ピュア」の前日譚。

 表題作では、男女の肉体的な差異と役割が逆転されている。女は2メートルを超え鱗で覆われた強靱な存在で、衛星軌道で生活し、戦場の兵士となり、生殖の時だけ地上に降りてくる。そしてカマキリのように、生殖後に小さなオスを食い殺すのだ。この物語を読んでいて、ティプトリーの「愛はさだめ、さだめは死」(1973)を思い出した。非人類をその視点で描いた作品であり、(異生物であるが故に)オス・メスの役割は混沌としている。いま読むと気がつくのだが、本能に苛まれる生き物の葛藤には、今日的なジェンダーの問題が隠されていたと解釈できる。そういう点は「ピュア」とも共通する。

 書き下ろしでは、性の逆転を高校生の視点で描くもの、家庭内暴力、父親と娘の間の緊張関係、そしてまた役割逆転のもう一方の側と、いま現在の社会的課題が大きな要素を占める短編集となっている。性変容が人間の心をどこまで変えるのか、人間を不定形生物に変えるDNAとは何か、「幻胎」で生まれてきた子どもたちの将来はどうなるのか、と物語の続きが気になる。