菅浩江『歓喜の歌 博物館惑星III』早川書房

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装画:十日町たけひろ
装幀:早川書房デザイン室

 8月に出た《博物館惑星》完結編。来年でデビュー40周年を迎える著者だが、これまでにファン投票で決まる星雲賞を計4回受賞するなど、過去から人気が高い。本年の第51回星雲賞では、19年ぶりに「不見(みず)の月」(《博物館惑星》の1作で、同題の短編集に収録)が受賞した。本書には、SFマガジンに2019年6月から1年間連載した6作品(前後編を含む)が収録されている。

一寸の虫にも:ニジタマムシと呼ばれる遺伝子改変された昆虫が、博物館惑星に持ち込まれる。深い虹色の構造色を持つその羽を目的に、違法取引するものがいるのだ。
にせもの:博物館が購入した青磁の壺が偽物と分かる。派遣されてきた国際警察機構美術班の刑事は、贋作を取引するグループの存在を示唆するが。
笑顔の写真/笑顔のゆくえ:銀塩写真で笑顔だけを撮り続けた写真家が、博物館惑星の記念イベントの記録係に推薦される。しかし、なぜかピーク時の魅力が感じられない。写真家には、隠された事情があるようだった。
遙かな花:博物館惑星には、人工的な生物を隔離収容するキプロス島がある。そこで捕まった不法侵入者の男は、スポンサー企業の会長に対して怨恨を抱いていた。
歓喜の歌:創立50周年を記念する盛大なイベントが、博物館惑星全域でついに開催される。一方、観光客でごった返す表舞台の裏側で、違法取引グループを巡る駆け引きが続いていた。

 『不見の月』と同様、エピソードの積み重ねで書かれている。前作を含めて、一続きの物語といえる。健と尚美という若い主人公に加え、人の感情を学ぶ情動学習型データベース〈ディケ=ダイク〉を交えた成長の物語なのだ。後半は博物館惑星苑が50周年を迎える行事(「歓喜の歌」)に絡め、より関連性を高めた設定で組み立てられている。博物館惑星には絵画や彫刻などの芸術作品だけではなく、人の創り出したものすべてを網羅しようとする大目的がある(だから、違法な人工生物を集めるキプロス島ができた)。そう考えると、精緻に造られた贋作もまた創作のもう一つの面であり、表裏合わせてはじめて完全なものとなる。登場人物たちの、愛憎相半ばする感情を描き出すのに、相応しい舞台といえる。

 さて本編は、歓喜の歌大合唱という堂々の大団円を迎えるわけだが、終了後も余話と称して「海底図書館」(SFマガジン2020年10月号)が書かれているので、物語世界はまだ続く。

シェルドン・テイエルバウム&エマヌエル・ロテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』竹書房

(註:この書籍はPREVIEWに対応していません)

Zion`s Fiction:A Treasury of Israeli Speculative Literature,2018(中村融他訳)
デザイン:坂野公一(welle design)

 日本人にとって、ほぼ未知の国といえるイスラエルで書かれたSFの傑作選。ユダヤ系アメリカ人なら、SF関係でも著名人が多数いる。序文を書いたシルヴァーバーグをはじめ、アイザック・アシモフ、アルフレッド・ベスター、ハーラン・エリスン、ロバート・シェクリイらがそうだし、ヒューゴー賞で知られるアメリカSFの創始者ヒューゴー・ガーンズバックもユダヤ系だ。

 それなら、戦後に建てられた新興国イスラエルはどうだろう。中東の紛争地にある強権軍事国家で、男女共に兵役があり、隠れた核保有国らしいなど、非文化的なイメージしか伝わってこない。しかし、それは一面に過ぎるのだ。本書はアメリカで出版された英訳版の傑作選である(国語であるヘブライ語が多いが、ロシア移民の多くが使うロシア語、海外での英語発表作を含む)。ケン・リュウが中国SFを英訳して紹介したスタイルと同じといえる。

ラヴィ・ティドハー(1976-)「オレンジ畑の香り」(2011)かつてオレンジ畑だった宇宙港の見える旧市街で、主人公は中国移民だった父親や先祖の記憶を反芻する。
ガイル・ハエヴェン(1959-)「スロー族」(1999)成長が遅いことを特徴とするスロー族の保護区が廃止されることになった。その研究をテーマとしてきた主人公はうろたえる。
ケレン・ランズマン「アレキサンドリアを焼く」(2015)出現した異形の施設を、主人公たちはエイリアンの侵略とみなし破壊しようとしている。しかし姿をみせたのは人間で、ここは時間を超えた図書館なのだという。
ガイ・ハソン(1971-)「完璧な娘」(2005)アカデミーに新入生が入学する。厳しいカリキュラムがあり、6人のうち卒業まで残れるのは1人のみ。ここには、他人の心が読める生徒だけが集められるのだ。
ナヴァ・セメル(1954-2017)「星々の狩人」(2009)地上から星々の輝く夜空が失われる。主人公は夜が真っ暗になった後の世代で、かつての宇宙の写真を見て想像するだけだ。
ニル・ヤニヴ「信心者たち」(2007)神が出現したあと、戒律に反した人々は苛烈な罰を受けるようになった。主人公はそこから逃れ出ようあがき、不信心者たちと画策する。
エヤル・テレル(1968-)「可能性世界」(2003)ある作家が占い師のところにやってくる。自分が忌避した戦争にもし従軍していたら、どうなったかを占ってもらおうというのだ。
ロテム・バルヒン「鏡」(2007)友人の猫が死ぬ。どちらといえない事故の責任をなじる友人が煩わしく、主人公はもう一人の自分と入れ替わる。
モルデハイ・サソン(1953-2012)「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」(1984)エルサレムの古い保存地区を、知能化したネズミたちが占拠する。やがて、ネズミは主人公の祖母の家に現われ、ロボットを巻き込んで争いが始まる。
サヴィヨン・リーブレヒト(1948-)「夜の似合う場所」(2002)破滅が訪れてほとんどの人々は死んでしまう。局地的なものではなく、救助される兆しはない。親子でも夫婦でもない何人かは、辛うじて生活を維持していた。
エレナ・ゴメル「エルサレムの死神」(2017)主人公は奇妙な男と付き合うようになる。中東の熱気にさらされていない、体の冷たさが魅力だった。やがて男は自分の正体を明かすが。
ペサハ(パヴェル)・エマヌエル(1944-)「白いカーテン」(2007)妻を亡くした主人公が、一人の友人を訪ねる。友人は分岐した世界を継合する術をもっているからだ。
ヤエル・フルマン(1973-)「男の夢」(2006)男が誰かを夢に見ると、夢見られた女は強制的に部屋に引き寄せられる。たとえ起きて仕事中、運転中であったとしても。
グル・ショムロン「二分早く」(2003)立体ジグソーパズルを組み上げる世界パズル選手権に、少年たち3人組が挑戦する。しかし梱包されたパズルの箱は、ルールより二分早く届いてしまう。
ニタイ・ペレツ(1974-)「ろくでもない秋」(2005)サッカーの試合を見ていた主人公は、恋人から急に別れ話を切り出され動揺する。そのまま出勤もせず、銃砲店で拳銃を入手する。
シモン・アダフ(1972-)「立ち去らなくては」(2008)父親を亡くした母と、その子ども姉弟が叔母の家に住むことになった。そこには男の名前が書かれた箱がたくさんあり、さまざまなものが詰まっている。

 編者による詳細な「イスラエルSFの歴史について」によると、イスラエルにおけるSFは、戦争に明け暮れた1970年代以前(第4次中東戦争が終わるまで)には、翻訳を含めてほとんど存在しなかった。社会的風潮として、存在が許されなかったのだ。

 しかし、70年代半ばから翻訳SFが大量に紹介されはじめ、初のSF雑誌ファンタジア2000(1978-84)が誕生し、90年代にはファンダムが生まれた。イスラエルの人口は、2020年発表値でも900万人ほどしかない。読者が少なくマイナーな環境では、固定ファンの存在は大きな助けになる。収録作の発表年を見ても分かるが、作品の大半は21世紀になってから書かれたものだ。ヘブライ語のオリジナルSFの書き手が現われるには、それだけの時間が必要だったのである(SF先進国のソビエト/ロシア系移民作家は、ロシア語で書いた)。

 現在のイスラエルは、軍事・民生にかかわらずハイテク国家だ。過去から欧米メーカの開発拠点や研究所があったし、今では自前のベンチャー企業が増えてきた。中国でもそうだが、科学技術の広がりとSFの一般化とは相性が良い。加えて、イスラエルの背景には、ホロコーストの巨大な影がある。既に実体験者は減っているものの、その復活を予見・警戒する(宗教的なものを含む)ディストピアもの、黙示録的な終末もの、歴史改変ものを受け入れる素地があるという。本書の中短編でストレートにテーマが見えるものは少ないが、「夜の似合う場所」やテッド・チャン的な「信心者たち」などに特有の雰囲気がうかがえる。一方、「エルサレムの死神」「ろくでもない秋」「立ち去らなくては」は現代的なアーバンファンタジーであり、背景を知らなくても楽しめるだろう。

ジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し』早川書房

(註:この書籍はPREVIEWに対応していません)

Just One Damned Thing After Another,2013(田辺千幸訳)
カバーイラスト:朝倉めぐみ
カバーデザイン:早川書房デザイン室

 著者は英国生まれ、20年間に及ぶ図書館員時代の経験を生かして本書を執筆、私家版電子書籍で出版すると記録的に売れ、後にプロ出版された紙版もベストセラーという、恵まれたデビュー作品になった。本書を含む《セント・メアリー歴史学研究所報告》は、短編を含めて30作近く書き継がれている人気シリーズである。英国アマゾンではベストセラーの常連だ。

 大学を卒業し歴史学の博士号を取得していた主人公だが、ある日恩師から、大学に併設された歴史学研究所に勤めてみないかという誘いを受ける。給料はともかく、仕事内容に不満はないはずだという。しかし、その門をくぐった先で目にしたものは、主人公の想像をはるかに超える、危険かつエキサイティングなタイムトラベルのプロジェクトだった。

 任務に就くための資格要件は厳しく、まず過酷な自然や社会環境に耐えるための肉体訓練が待っている。理論学習を含めて試験に合格できなければ、即座に馘首となる。合格して正規の歴史家となっても、派遣先から生還できるとは限らないらしい。定員には、なぜか常に欠員があるからだ。堅物でチームワークが苦手の主人公だが、ここではペアを組んだ同僚と仕事をせざるを得ない。

 大学の研究所がタイムマシンを擁して歴史研究を行うという設定では、古くはマイクル・クライトンの映画化もされた『タイムライン』(1999)などがあり、コニー・ウィリス《オックスフォード大学史学部》は、ずばり本書と同じテーマ設定といえる。頭は良いが要領が悪く人の機微が分からない主人公や、多重に繰り返されるすれ違いドラマなどよく似た雰囲気だ。

 しかし、それも冒頭のみで、後半に移ると研究所設立にかかわる秘密や陰謀、もどかしいロマンス(本書はロマンス小説でもある)や、登場人物が次々と殺される一難去ってまた一難(不運の繰り返し)的な展開が楽しめる。中世から第2次世界大戦までの時代考証に凝ったウィリスと比べると、本書は恐竜時代をメインにするなど歴史物としての視点はライトなようだ。